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15-隣人

「仲良くしたいってさっき、言ったじゃないですか」 五味の口角が緩く吊り上がった。 呆気に取られて目を見つめ返す。その切れ長の目からは、先程の怖さは幻のように消えていた。 「…はれ?うそですか…」 「冗談ですよ。実は昨日気づいてたんですが、言い出す雰囲気じゃなかったから」 「ああ、もう最初ッから…。そーですか…」 一気に体の力が抜ける。 そんなに怒ってなさそうで良かった。 ケーキの残りにフォークを突き刺して頬張る。フォークの持ち手が手汗でちょいと曇っていたことは、ここだけの話だ。はずかしい。 「あ、三橋さんクリームが」 「ウソですよねえー!」 また伸びてくる手を退けると、五味はニヤニヤとカンジの悪い笑い方をしてくる。 「人相悪いですよ」 「はい、失礼しました」 五味はそこで、テーブルに視線を落とす。自分の獲物に集中することにしたらしい。 αはケーキの食い方までエリートだ。てっぺんのシュー皮を中のカスタードにディップして食うという、なんともお育ちの良さそうな食べ方をしている。 俺もカップを持ち上げて紅茶を啜る。 ケーキも最後の一口を口に入れる。 「はぁー…。緊張したから便所行きたくなってきました。すいません、ちょっと席外しますね…」 椅子から立ち上がると、ぐらりと視界が回った。 あー、そういや、体調が悪かったんだった。 「大丈夫ですか?お手洗いは部屋出て左手ですけど」 俺の様子に気づいて五味まで腰を浮かせる。 手を取られて、その手が冷たくて気持ちいい。真剣な顔で見つめられて、どきりと心臓が跳ねる。 「んあー…気にしなくていいですよ」 「なんか、体熱くないですか?横になります?」 心配そうに覗き込まれて顔をそむける。 額に腕を当てられるが、丁寧にそれも退けておく。 優しさを無下にして悪いが、このままだとマズイ予感がする。 「いいですってば」 振り切ってトイレに逃げ込むと、ため息が出た。 そもそも、なんで俺はαの家にいるんだ。しかもこんな時に。ワケわかんねー。バカ。 クラクラと狭い個室が波打って気持ち悪くなる。 ちょー…っと、始まっちまってるかもなあ。 「三橋さん、大丈夫ですか?」 「あー…はい。ダイジョーブ…」 便所の外で声を掛けてくる五味に答えながら、上着のポケットを漁って使い捨ての注射器を取り出す。 そして、それを少しも迷いなく注射する。 とりあえずはこれで、ちょっとは抑えられる。 効果が出るまで何分か待って、これでソッコー帰ればオッケー。 そのはずだったが、そのまま意識を失ってしまった。

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