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「葉璃、本当にありがとう。 感謝してもしきれない」
俺の腕を掴んだままそう言う佐々木さんの表情は、とても強張っていた。
「いいんですよ。 佐々木さんには、春香の事で二回も迷惑かけてるし…俺にできる事はしますって言ったじゃないですか」
「でも、嫌だよね? 以前の時もあんなに緊張してた。 気乗りしない事を、またさせてしまう」
「佐々木さん。 俺は緊張しぃだけど、ダンスやってる間は無になれるって分かってるから、大丈夫です。 前回も、本番になったら体が勝手に動いて、清々しいくらいでした。 踊る事は好きなんです」
あまりに申し訳なさそうな佐々木さんが可哀想になってきて、うまく出来てるか分かんなかったけど、気にしないでって思いを込めて頑張って笑ってみた。
春香の事でまた相当迷惑かけてしまったし、マネージャーとして受け持ってるのはmemoryだけじゃないのも知ってるしで、佐々木さんはきっと休む間もなく働いてる。
この時間もあって、疲れた様子なのが全身から滲み出ていた。
「そう……。 せめて、葉璃の負担にならないように、ね。 俺もしっかり見守るから」
「はい。 …ねぇ、佐々木さん、働き過ぎて体壊さないようにして下さいよ? 眼鏡で隠れてるけど、目が疲れてます。 ちゃんとご飯食べてますか?」
「………葉璃……………」
何分、佐々木さんとは三年以上前からの知り合いでもあるから、さすがにもう人見知りなんてしない。
memoryのメンバーはもちろんみんな女の子で、佐々木さんが受け持ってる他のタレントも女性だった気がする。
女性達に弱いところは見せないように、心配掛けないように、周囲から鉄仮面と呼ばれるほどいつも気を張ってる佐々木さんだからこそ、年末年始も忙しくてまったく休めないんじゃないかって心配だ。
そう思ってた矢先、突然ふわっと抱き締められた。
佐々木さんが俺の事を好きだってのは知ってるし、実際告白もされたけど、ちゃんと断ったはずだから、こ、こんなの駄目だ。
「………佐々木さんっ?」
いつ聖南が戻ってくるか分からないからってもがいてみても、俺の小ささじゃうんともすんともだった。
「葉璃、今じゃなくていい。 セナさんとの関係に息詰まったら、いつでも俺んとこおいで。 一生葉璃を待ってる」
「ちょっ、何をっ」
「あわよくばっていうの、まだ狙ってるから。 その時は、このキスマークよりもっと愛してあげる」
耳元で少し早口で言った佐々木さんは、体を離して俺の左耳に髪をかけて、微笑んだ。
なんの事言ってんだろ?って首を傾げても、佐々木さんはそれ以上何も言ってくれなかった。
そこへ聖南がブーブー文句を言いながらトイレから戻ってきて、佐々木さんは何食わぬ顔で聖南にもお礼を言うとレッスン場を出て行く。
「ここトイレ分かりにくー。 ……葉璃? おーい」
聖南が俺の顔の前で手のひらをヒラヒラさせてる。
ボーッとそれを見てたら、さっきの佐々木さんのぎこちない微笑を思い出してしまった。
笑顔の奥がちょっとだけ寂しそうに見えたのは、気のせい…なのかな…。
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