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問答無用で聖南の家に帰宅した俺は、これから大晦日まで彼宅に泊まることを母さんに報告すると、「ご迷惑だから三が日くらいは帰ってきなさいよ」って念押しされた。
「確かになー。 あんま葉璃ママに心配掛けんのもよくねぇし、ちょっとの間は辛抱すっか」
「…………………………」
はい、って俺は返事したはずなんだけど、それは声になってなかったみたいで聖南に顔をのぞき込まれてハッとした。
「はるー? お前さっきからどしたの、足痛い?」
「あっ、いや、大丈夫です。 痛くないです」
「そ? 何かずっと変だけど。 眼鏡マネに何か言われた?」
「なん……い、いや、何にも」
俺も聖南もシャワー後で、濡れた髪をタオルでワシワシ拭きながらペットボトルのミネラルウォーターを手渡してくれた。
何だか心が明らかに動揺してて、聖南の顔がうまく見られない。
ソファで互いの定位置に腰掛けてるほんの少しの距離感が、俺の動揺を物語ってる。
「だから葉璃、嘘下手くそなんだって。 まさか俺が居ない時、また告白でもされた?」
「………っっ」
「はっ!? マジで?」
隠すつもりもなかったし、不安にさせるなとしつこい心配性の聖南には、さっきの佐々木さんとの会話は話した方がいいに決まってる。
そんな事は、分かってる。
だけど、佐々木さんの切なる想いをまざまざと体全体から感じた俺は、そう簡単に聖南に打ち明ける事は出来なかった。
「告白は…されてないです……」
「告白はって何だよ。 様子がおかしくなるくらいの事言われたんだろ? 何て言われた」
「……………ほんとに、何も。 影武者の事、感謝してもしきれないって言ってくれただけです」
「………それだけじゃないだろ」
いつも鋭い聖南を欺くなんて大それた事、出来っこないのに、俺はひたすら何て事ないと強調した。
「それだけですよ。 明日の事考えるともう緊張し始めてて…」
「それを俺が信じると思う? そんなあからさまに距離取られて、俺が気付かないとでも?」
至近距離でそんなに見詰めないでほしい。
すべて見透かされてしまいそうなほど薄茶の瞳が揺れていて、それだけで訴えかけてくるものがあった。
それでも俺は視線を外さなかった。
俺も、聖南も、佐々木さんの想いに近い気持ちを抱いて、お互い何度も切なくなった。
佐々木さんのそれは、軽々しく口に出来ないほど胸を締め付けてきて痛いほどで。
恋人である聖南がいるからって理由で、あの想いを簡単に断るのが俺はツラかった。
「聖南さん、お願い……それ以上聞かないで…」
恋する気持ちは止められない。
そしてその恋が離れていく寂しさは、言葉では言い表せないほど、生きて行く力も無くなってしまうほど、悲しい事だと思う。
俺が気持ちを拒否したら、そういう想いを佐々木さんに抱かせてしまう。
聖南への気持ちに揺るぎがない今、佐々木さんの気持ちを受け取るなんて考えもつかなくて、だからといってすぐに返事が出来るほど俺は大人じゃない。
『一生葉璃を待ってる』
そんな事を切なげに言われて、動揺しない人がいるだろうか。
「……………葉璃、薬飲んだらベッドおいで」
「………はい」
頑として俺が口を割らないから、一つ息を吐いて聖南は先にベッドルームへ消えた。
残された暗闇のリビングで、薬とミネラルウォーターを握ったまましばらく動けずにいる。
決して、佐々木さんの気持ちに応えたくて悩んでるんじゃない。
俺が佐々木さんを傷付けてしまう事がものすごく怖いんだ。
誰も傷付けたくない。
その一心で俺は人との接触を避けてきたのに、克服でき始めた矢先にこんな重大な事を抱えてしまうなんて…。
………苦しいよ。
想われる事が嬉しいだなんて幻想だ。
それが叶わないと知った時の人の気持ちなんか、俺には理解の範疇を越えてしまって想像すら出来ない。
一度目は何気なく告白されて、無理ですって断って。
二度目は真剣に、隙あらばさらいに来るとでも言いたげだった。
ちゃんと「好きだ」と言わなかったのは、聖南という恋人が居る俺への僅かな遠慮の様な気がした。
「やば……涙出そう」
俺達のデビュー曲の歌詞を思い出してしまって、つい重ねてしまう。
バラードとは言い難いミディアムテンポながら、歌詞は片思いに悩む気持ちが切々と綴られている。
こんなに会いたいのに勇気が出ない
会えばいつも胸がときめく
この気持ちを伝えられたらどんなにいいだろう
こわくて出来ない、振り向かせられない
あなたには大切な人がいるの
どうすればこの儚い想いは消えるのだろう
なくしてしまえば、楽になるのに
ラストの大サビだ。
聖南がこの場に居ないのをいい事に、小さく歌ってしまっていた。
そう、俺への想いなんか、なくしてくれたらいいのに。
そうすれば誰も傷付かない。
俺がもし同じ立場だったらってどうしても考えちゃって、俺には、恋心を断ち切らせる勇気なんか……持てないよ。
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