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「── 葉璃」 「……っ……っ……」  リビングの扉を背に腕を組んでる聖南が、いつからそこにいたのか背後から優しく俺を呼んだ。  この分じゃ、歌ってた事も泣いてた事もバレバレなんだろうから、俺は口を噤んだまま聖南の方を見られなかった。 「俺まるっと四十時間くらい起きてんだよ。葉璃が隣に居ないと眠れないから、早く来て」 「……はい」  ワガママな恋人はそれだけ言うと、またベッドルームに戻ってしまった。  聖南、……怒ってる、よね……。  俺がもう聞かないでって言ったから、しつこく追及してこないのかな……。  声は怒ってなかったけど、聖南は佐々木さんの事を天敵だと思ってる節があるから、何かあったと知ってモヤモヤしてるに違いないのに……。  それもこれも、俺がちゃんと、はっきりきっぱり断らなかったせいだ。  佐々木さんの告白を冗談か何かでしょって、きちんと受け止めてなかったからこんな事になってる。  傷付けたくない……。  でも、このままじゃ駄目だ。  どうしたらいい……?  どうしたら……。  想いを断ち切らせる方法なんか、分かんないよ。  俺はぐるぐると思い悩みながら、夜中痛くならないように痛み止めを水で流し込んで、ミネラルウォーターを持ってベッドルームの扉を開ける。  ごめんなさい、聖南さん……。不安にさせて、ごめんなさい。  とても声は発せられなかった。 「…………っっ」  なぜなら、扉を開けたすぐ目の前に聖南が居て、何も言わずにぎゅぅっと力強く抱き締めてきたからだ。  突然の事に持っていたペットボトルを落としてしまって、それは俺の足のすぐ横を転がっていく。 「葉璃がそう言うなら俺は何も聞かねーよ。俺の傍にいる以上、葉璃を百%信じる」 「……ぅっっ……」 「でもな、しんどくなって抱えきれなくなる前に言え。葉璃はすぐ一人で悩んでぐるぐるして、最終的には潰れちまうんだから」  やっぱり聖南には全部お見通し、なのかな。  悩むだけじゃなく、そこからぐるぐると考えを巡らせてる事まで言い当てられた俺は、今すでに抱えきれてないよ……って喉まで出かかって、やめた。  いつになく優しい聖南は、怒るでもなく、ヤキモチを焼くでもなく、ただただ俺を信じると言ってくれた。  その言葉がどんなに心穏やかにさせてくれたか、聖南自身はきっと分かってない。  深く聞かないでいてくれた聖南の背中に腕を回すと、さらに強く抱き締めてくれて苦しかった。  でも今は、痛いくらいがちょうどいい。  ほんの少しの間だけ、悲しい想いは忘れさせてほしかった。

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