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聖南の過去を見せるという事は、その奥にある重たい事実と心境をも葉璃に打ち明けなくてはならない。
記憶に蓋をして、それにはガッチリとチェーン付きの鍵をグルグル巻きにして心の隅っこに追いやっていた。
だが、最近はその元凶である父親の話題がちょくちょく上がり、しかも本人と出会してもいるのでだんだんとロックが甘くなってきている。
自分の弱味を見せるようで気は進まないけれど、葉璃にはいつか話さなければと思っていたのでいい機会かもしれない。
「んー美味しい〜」
これも食え、これも食え、と葉璃の前に出した料理はことごとく無くなっていって、本当によく食べる子だなと聖南はその様子を見て笑みしか出てこない。
聖南の昔の写真はごはんの後だと言うと、やはり空腹だったらしい葉璃は素直に従い、聖南の隣で美味しそうに料理に舌鼓を打っている。
モグモグしている姿は、まるで小動物のようだ。
……この大食い含め、とてつもなく可愛い。
「うまいか」
「はいっ。影武者、まだ終わったわけじゃないですけど、今日がんばれたから明日もがんばれる気がするし、何だか今日は気分がいいから余計にごはんが美味しいです!」
いつもありがとうございます、と笑顔で言われるとたまらなくて、聖南は葉璃の見ていない所で長い足をバタバタさせて可愛さを噛み締めた。
そして、描いている近い将来に思いを馳せる。
まず、葉璃が高校を卒業したら必ずこの家に住まわせるつもりだ。
家事は聖南がすべてこなす。葉璃は居てくれたらそれでいい。
何気ないこの食事の間さえ、孤独だった聖南にはとても大切で重要な時間なのだ。
あまりにもいい食べっぷりに気を良くした聖南が、毎日毎日ご馳走を食べさせて、もしかしたら葉璃がぷくぷく太ってしまうかもしれない。
けれどそんな葉璃も、触り心地が良さそうなのでそれもいいかなと妄想して笑った。
「あれ、聖南さん全然食べてないですよ。はい、あーん」
「……っっ」
「美味しいですよね」
「あ、あぁ、美味いよ」
素敵な妄想の途中に、不意打ちでまさかの「あーん」にはまいった。
ねっ?と笑う葉璃に、聖南も笑みを返して頭をヨシヨシする。
最近は驚かされてばかりだ。
弱くて脆い、繊細過ぎて卑屈だったあの頃が懐かしいほどに。……とは言ってもほんの少し前なだけだが、葉璃にとって周囲の環境が激変した日常に対応すべく、きちんと心も同等に成長している。
それは聖南のおかげだと恭也が言ってくれていたけれど、葉璃は元々こういう子なのだ。
蝶になるには殻を破らなければならない、その殻は聖南が破ってやりたいとずっと思ってはいたが、葉璃は見事に自分で打ち破って外へと出てきた。
それだけ芯が強い人間だという事だ。
怖い怖いと殻に閉じこもっていた、葉璃の弱さのきっかけが何だったのかは分からない。
生まれついてのものだと解釈した聖南だったけれど、これほど早く美しく飛び回るとは思ってもいなかった。
まずは慎重に、安全かどうかを確かめるようにじわじわと進むのかと思ったが大間違いで、むしろ聖南の方が走って追いかけなければならないほどに前進し始めている。
かと思えば、蝶になりたての葉璃は急に立ち止まる。
キョロキョロし、どこだどこだと探しながら追い抜いてしまった聖南を探して、泣く。
しかし、すれ違いが多くとも通じ合うようになった二人だからこそ、何でも乗り越えられる気がする。
殻を自ら破った葉璃なら受け止めてくれるだろうと信じて、聖南は記憶の蓋をそっと開けた。
聖南も、はじめから闇を知っていたわけではない。
左耳の輪っか状のピアスを弄びながら、どこからどう話せば葉璃が悲しまないで済むかを考えた。
ウキウキと食べ進める葉璃を愛おしげに見詰めて、聖南はそっと箸を置いた。
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