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葉璃を足の間に挟む格好でソファに腰掛けた聖南は、右手にプライベート用のスマホを持って例の写真を探していた。
「スマホに入ってるんですか? 何年か前のものですよね?」
スマホを覗き込む葉璃の肩に顎を乗せて、左腕は葉璃のお腹に回したリラックス状態でアルバムをスクロールしていく。
「んー、そう。十年くらい前になんのかなぁ。データは全部持ち越ししてあっからあると思う……ほら、あった。これ」
それは、聖南がまだ十四歳。中学生の頃だ。
悪そうな仲間を十数名従えて裏ピースを決めた、綺麗な金髪の無表情の聖南がそこには居た。
「……いッッッ!?!」
「いってなんだよ」
写真を見た瞬間、密着しているので葉璃の体に緊張が走ったのが直に伝わった。
驚いたにしても変な驚き方で、聖南は吹き出してしまう。
「こ、これ! 佐々木さんと一緒のポーズですよ! 流行ってたんですかねっ? この反対向いたピース……!」
「それで「い」な」
どうやら葉璃が見た佐々木のヤバイ写真も同じポーズだったらしい。
葉璃はスマホを持つ聖南の手に自らの手も重ねて、食い入るように過去の聖南を見詰めている。
「わぁ〜聖南さんだー。昔から全然変わらないですね。この頃から聖南さんだ」
「ずっと俺だけど」
「そういう事じゃなくて……! まだ子どもなはずなのに大人っぽいんですよね。幼いのにすでに完成してる」
興味津々な葉璃は、マジマジと写真を見詰めているかと思うと時々ニタァと笑い、また真剣に見詰める……を数分無言で繰り返していた。
聖南が後ろから耳を食んだりほっぺたにキスをしてみたり、些細なイタズラを仕掛けても何を考えているのか分からない顔でスマホを凝視したままだ。
ついにはスマホを奪われ、過去の自分に現在の自分が負けたような気になった。
聖南は葉璃からスマホを取り上げ、器量の狭さを最大限に発揮する。
「もういいだろ、恥ずかしい」
「あぁ! もう少しいいじゃないですか! その写真、俺のスマホに転送してくださいっ」
「ぜってー嫌! これ見てニヤニヤすんなら実物見とけ!」
ここに本物がいるにも関わらずそんな事を言われて、これでは完全に現在の自分の負けではないかと非常に腹が立った。
後ろからぎゅっと抱き締めて耳を食むと、葉璃はぴたりと静止し大人しくなった。が、よくよく見るとほっぺたが膨らんでいる。
「なに、なんで葉璃が怒ってんの」
過去の自分にさえ嫉妬していたバツの悪さもあって苦笑しながら、葉璃のほっぺたの膨らみをぷにっと押して空気を抜いてやった。
「……今の聖南さんと見比べてたのにー」
「見比べてた?」
頷いて、葉璃は聖南を振り返った。
「そうですよ。顔は全然変わってないですけど、この時の目が……何だか寂しそうっていうか……あ、もちろんすごく怖い目してましたけどね! 目だけじゃなくて、全体的に、今の聖南さんとはまるで印象が違いました。一緒の顔なのに、一緒じゃない。って、何言ってんのかな、俺……」
「…………」
「聖南さん、お父さんと色々あったみたいだし、お母さんは分からないって言ってたじゃないですか。この頃ってそういうのすごく敏感な時期だったと思うんです」
伏し目がちに言う葉璃を、聖南は驚愕の思いで見詰めた。
どう切り出そうかなと思い様子を窺っていた所だが、過去の写真だけで勘付かれてしまい、そして何故か葉璃の方があの頃の聖南よりも寂しそうな表情を浮かべている。
咄嗟に後ろから葉璃の体をきゅっと抱いて、手を絡めた。
「……その頃からなんだよ。父親と全く会わなくなったの」
「え……?」
そう、この頃すでに父親はまったく顔を見せなくなっていた。
聖南が居ない隙を見て本人がやって来たのか分からないが、ある日、聖南名義の通帳と印鑑、キャッシュカードだけがテーブルに置かれていた。
通帳には中学生の聖南には見た事もないような金額が入っていて、これからはそれで生活していけと言わんばかりだった。
それまでは一、二ヶ月に一度、生活費として現金がテーブルに置かれていたり、父親から直接渡されたりしていたが、これはもはや帰って来る気はないという事なのだとすぐに理解した。
多感な年頃であったし、両親が自宅に居ないなど当たり前だったのでそれでも別に平気だと思った。
なるほどね、と鼻で笑うと、誰も居ないマンションの一室で聖南の中で何かが壊れたかのように笑い転げ、その後、号泣した。
一度も愛されないまま、ついに親の任務を放棄された侘しさは、聖南の心に深い深い傷を作ってしまっている。
それ以来、聖南の心は重たく、暗く、陰っていった。
「それまでも愛された事なんか無かったけど、これからも愛すつもりはないって断言されたみたいで……さすがにキツかった」
「…………聖南さん……」
「家政婦っつーのかな? ハウスキーピングのおばちゃんとすら会わないから、食事は作ってあったからともかく、俺マジでどうやって生きてきたんだろって今も思い出せねぇ」
お金さえあれば子は育つと父親は思っていたのかもしれないが、世の中にはそんな考えの者はひと握りも居ないはずだ。
まさしく聖南は、両親から一番愛情を受けなければならなかった時期を、ベビーシッターと孤独のみで過ごしてきた。
「小学校上がるとさ、運動会あるじゃん。家族で弁当食って、笑い合ったり、怒られてたり、とにかく賑やかに。……あんな時も俺一人で体育館の裏行ってコンビニのおにぎり食ってさ。いいなーとか羨ましいーとか思ってたのも最初の三年間だけで、デカくなると一人の方がよくなってくるんだよ、不思議だよな」
「…………」
「母親は居ないで当たり前だったからまぁいいとして、父親はな。顔見て、父親だって認識しちまってたから、事情知ってるセンセーからも同情の目で見られてたし。捨てられたって分かった時はもうなぁ……。さすがにな。ありがちだけど、だからちょっと荒れたんだよ、この時」
黙って聞いていた葉璃が、より密着するように体重を乗せて聖南にもたれかかった。
大した重みではないが、聖南は一度葉璃を抱えて態勢を整えた。
葉璃がすでに涙を溢し始めているのは分かっていても、この際だから話してしまおう。
本当は泣き叫びたいほど寂しかった事、両親の愛情に触れてみたかった事、独りがどれだけ悲しくツラかったかという胸の内を、生まれて初めて葉璃にだけは話してみたいと思った。
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