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 孤独感を救ってくれたのは、事務所の社長や周囲の人間、そして仕事だった。  父親から育児放棄される前も後も、この存在は計り知れないほど大きい。 「あ、ちなみにさっきの写真だけどな、あれは俺が族に入ってたわけじゃねーんだよ。撮影あっから顔の良い奴連れて来いって総長に言われたからっつって、俺が借り出されただけ。とりあえず副総長って事にしていいかって聞かれたから、勝手にどーぞっつったらまぁ反響デカくてな」 「…………っ……」 「それが雑誌に載った途端、その頃やってたCMも舞台も、違約金アリの軒並み降板。俺が悪いんだからクビにしてくれりゃ良かったのに、社長が何とか収拾に走ってくれて。父親と社長は友達らしいし、俺の生い立ちも何もかも知ってるし何とかしなきゃと思ってくれたんじゃねぇかなって」 「……っ、……っ」  聖南の腕の中で小さくなった葉璃は、しばらく泣きっぱなしでずっと鼻を啜っていた。  自分のではなく聖南のトレーナーの袖口で涙を拭いているので、そこは絞れてしまいそうなほどビショビショになっている。 「……はるー、もうやめようか? なんか可哀想になってきた」 「いや……っっ……大丈夫れす、……うぅっ……」 「まぁ大方話したし今日はこれくらいにしとこ。 明日も影武者あんだからもうベッド行こうな。……歩ける? 抱っこしよっか?」 「……はい……」  時刻はすでに一時を回っていて、いつもなら葉璃が眠そうに目を擦る時間なのだが、聖南の過去を聞いてそれどころではないようだった。  自分の事のように心を傷めて泣く葉璃を抱き抱えてやると、聖南は大事そうにその体を抱き締めてベッドまで運んだ。  こうなる事が分かっていたからこそ、聖南は葉璃に話すのを躊躇っていた。  聖南が乗り越えてきた大きな壁は、葉璃にとっては想像も出来ないほど高いものだと感じているに違いない。  愛情を知らない、あまりにも不遇な子ども時代を送った聖南を寂しい奴だと不憫に思うだろうか。  ベッドに横になっても未だシクシク泣いている葉璃を抱き締めて、聖南は「泣くな」と言う事しかできなかった。 「葉璃、そんな泣いてたら明日メイクさん困っちまうぞ。泣かせたくて話したわけじゃないし、頼むから泣き止んでくれー」 「聖南さん……聖南さん……っ」 「俺もそんな過去があって、前の葉璃みたいに閉じこもってた時期もあったんだよ。だから葉璃の事ほっとけなかったし、通ずるもんがあったんだろーなと思う。葉璃の気持ちすべてを分かってやれるわけじゃねぇけど、大概は理解してやれる。他の誰でもなく、俺ならな」  ベッドの中でも、葉璃の涙が止まらない。  泣き止んでほしいと話せば話すほど、追い打ちをかけてしまう。 「聖南さん……っ! 聖南さん……!」  スリスリと体をすり寄せてくる葉璃を抱き締めてやりながら、「好きだよ」と耳元で囁いた。  葉璃は小さく何度も頷いて鼻を啜っている。  聖南の袖口と、抱きついてくる胸元までビショビショで、時折ティッシュで鼻水をかんでまで号泣させてしまった事をひどく後悔した。  話せた事は良かったが、まだ高校生の葉璃に打ち明けるには重たすぎる悲しいエピソードだったのかもしれない。  泣き疲れて聖南の腕の中で眠ってしまった葉璃の鼻を拭いてやって、髪を撫でた。  葉璃からの反応は号泣でしかなかったが、今はそれでいい。打ち明けたからといって、慰めの言葉など聖南には無意味だからだ。  自分の殻に閉じこもり、孤独に過ごして来た日々があったから、その強く眩しい瞳に惹かれたのだと伝えられただけでも良かった。  厳重なロックを開けてしまった事により思った以上に過去が溢れ出てきてしまったけれど、葉璃が聖南の隣で笑っていてくれるならそのまま鍵は掛けないでおこうと思う。  ── なんかもう、どうでも良くなったしなぁ……。  ずっと胸に秘めていた重たい過去を、自分から離れていかないと確信している愛する葉璃に話してしまったからか、開けっ放しの蓋にもそれほど重要さを感じなくなっていた。  今まで避け続けてきたけれど、この先、父親と何かしらで接触があったとしても逃げないでいられる気がした。  聖南の最後の大きな壁は、心身葉璃と一緒なら大丈夫そうだ。  ── ………好きだよ、葉璃……。  小柄で華奢なのにとてもよく食べる可愛い恋人は、泣き疲れて眠るなどとはまだまだ子どもだ。  寝ているにも関わらず、聖南の胸元を掴んで離さない愛おしさにたまらなくなって、思わず力いっぱい抱き締めてしまう。  すると「むっ…」と不満そうな声を上げて聖南の胸を押し、向こうを向いてしまった。  追い掛けるように背後からもキツく抱き締めて、聖南の腕にすっぽり収まるその可愛らしいサイズ感にも、こらえ切れずに目前の首筋を甘噛みした。  佐々木に言った事は決して嘘ではない。  聖南はもう、葉璃がこの手から居なくなったら生きてはいけない。  葉璃がまだ学生なうちは、これから離れて過ごす日々がまた多くなる。お互い忙しくなるし、まともに会えないどころか声を聞く事もままならないかもしれない。  冬休みに入って調子に乗って何度も葉璃を聖南宅に泊まらせているが、この温かさと安らぎを知ってしまった後では、年始以後の事を考えると震えが走るほど恐怖だった。  葉璃がそばにいない。  葉璃はデビューの準備やレッスン、そして優先すべき学校……離れて暮らす聖南に費やす時間など無きに等しい。  聖南もまた、年始からレコーディングやツアーの準備、毎月三誌分の雑誌撮影や編集、曲作り、テレビやラジオの番組収録等々あるので、おそらく丸一日の休みなどしばらく取れないだろう。  ── 夜こうして一緒にいるだけでも違うのに……。  いやらしい事は望まない(もちろんしたいけれど)、ただそばに居てほしいだけなのだがそれは現実問題としてすぐには不可能だ。 「葉璃ー……早く大人になれー。そんで俺とずっと一緒にいよー」  眠っている葉璃に、何度目か分からない「大人になれ」の暗示を言うと、葉璃は数秒遅れて薄っすらと微笑んだ。

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