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抱き付いた聖南からいつものシャンプーの匂いがする。
そこら辺のドラッグストアではまず見掛けないような高そうな直円柱型の茶色いボトルで、読めない横文字が書いてある、ローズの香りのあのシャンプー。
泊まりに行くと俺もそれを使う事になるから、まるで聖南の匂いに包まれてるみたいな気がしてひどく落ち着く。
抱き抱えられて聖南の部屋へと向かっている今、ウィッグの隙間から微かに香るその匂いにとても癒やされた。
今日もすごくすごく疲れたから。
この時期に仮装パーティーだなんて相当浮かれてるな、と思いながら、拒否権のない俺はただ恥ずかしい思いをして疲れただけだ。
知らないうさぎの格好をして、付け方がハッキリしない耳を付けて、時計をぶらぶらさせて歩くなんて辱めもいいとこだった。
ただ、物珍しくはあったから、はじめは楽しかったんだ。
テレビで見たことある人達が色んな仮装をしている光景は、なかなか見られないと思う。
何たって麗しい聖南の海賊コスプレも見られたし、悪い事ばかりじゃなかった。
アキラさんやケイタさんともより親しくなれた気がするから、自分がうさぎである事は忘れて普通に笑顔で過ごしたつもりだけど。
うまくやれてたかっていうと、全然ダメだった。
今日も声を掛けられたすべてに対応してくれたのは恭也だ。
たどたどしくだが、ちゃんと会話をしていた恭也が頼もしくてつい俺は甘えてしまってた。
どうしたら、知らない人とでも会話が出来るようになるんだろう。
でも俺は、相手の目を見る事が出来ないから、まずはそこから訓練しないといけないなぁって、恭也が帰って一人ぼっちになった時そう思ってたらアキラさんが励ましてくれて。
向き不向きがある、歳を重ねれば必ず克服できる、そんな前向きな事を言ってもらうと、不覚にも泣いてしまいそうだった。
まだもう少しだけ、恭也に甘えててもいいのかな。
それ以外のとこで俺は頑張るから、もう少しだけ…。
「何を頑張るって?」
「…………ん、……えっ?」
「今言ってたじゃん。 頑張るからって」
カードキーを差し込んでいる聖南に間近で顔を覗き込まれて、あたふたした。
俺は半分夢うつつだったからか、声に出して言っちゃってたみたいだ。
そこでハッとした。
何で俺、聖南に抱っこされてんだっ?
「すみませんっ、重かったでしょ! もう起きましたから、歩きます!」
「重くないけど? むしろもう少し太れ。 あんなに食うのに何でこんな軽いんだよ」
言いながらも降ろしてくれる気配のない聖南は、ダブルベッドまで運んでくれた。
太れって言われても、これでもレッスンのおかげで少し筋肉が付いて体重は増えた方なんだけど。
「あ、てか葉璃、メシは? 食ったの?」
「そういえばあんまり食べてないですね。 クラッカーにチーズ乗ったやつは食べました。 あれ美味しいですね」
「あぁ? んなのメシじゃねぇじゃん。 ルームサービス頼も。 俺もあんま食ってねぇから腹減った」
立食って食う気しねぇよな、と苦笑する聖南を、俺はまじまじと見詰めてしまった。
………かっこいい。
聖南の海賊コスプレ、めちゃめちゃ似合ってる。
きっと、あの会場に居た誰よりもかっこよくて勇ましい。
元々チャラいロン毛だったけど、今日は背中辺りまである長髪のウィッグを被ってて、聖南は髪が長くても…っていうか何でも似合うんだなーって、見惚れてしまう。
備え付けの電話からルームサービスを注文している姿さえかっこいい。
あ。 でも、見付けてしまった。
海賊っぽさを際立たせていた、あるものが一つ無い事を。
「何だ、急に怖い顔して」
俺の傍までやって来た聖南は、今の今まで付けてる事を忘れてた俺の頭の上のうさ耳をもふもふと触っている。
そんな聖南を、俺はちょっと不機嫌に見た。
「………聖南さん、眼帯は?」
「あーあれ鬱陶しくて外した」
「してください」
「……………眼帯?」
「はい。 してください」
早く、と付け加えると、笑いながらジャケットのポケットから眼帯を取り出して嵌めてくれた。
そうそう、これこれ。
これがまた何ていうか、海賊船の船長って感じですごくいい。
「ふふっ……」
似合い過ぎてて、思わず笑いが溢れるほどだった。
何回も何回もしつこいくらい思ってしまう…聖南はほんとにかっこいい。
「機嫌治った? 葉璃マジでコスプレ好きなんだな。 今日の仮装パーティーとか天国だったんじゃないの。 そこらじゅうコスプレだらけだから」
「…いえ。 その趣味、聖南さん限定なんで」
「……かわいー事言いやがる」
「んっ………」
聖南以外の人なんて目に入らなかった。
アキラさんとケイタさん、恭也、荻蔵さんは長く一緒に居たからさすがにどんな衣装だったか覚えてるけど、あとの人なんて知らない。
興味もない。
これでもかとその姿を見詰めていたら、屈んだ聖南に両頬を捕らえられてキスされた。
聖南はすぐに離れてしまったけど、名残惜しくて、俺も聖南の両頬に触れた。
「………んっ、んん………っ」
くるんとツバが曲がった海賊帽の先がうさ耳に当たって邪魔だったけど、やめるのは勿体無くてそのまま舌を絡め合う事に集中した。
俺だけの、海賊様と。
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