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─ 聖南 ─
朝から胃のムカつきが治まらない。
異常な緊張とストレスで、日々水代わりに飲むコーヒーすら喉を通らなかった。
── チクショー……平気じゃねぇって事か。
先延ばしにしても一緒だ、俺には葉璃がついてるから大丈夫、そう自身を奮い立たせて覚悟を決めたつもりでも、面と向かうとなると聖南の心はすでに崩壊寸前だった。
運転する手も心なしか震える。
情けない。
葉璃にもこの事を打ち明けないままだから、これが終わっても寄り添ってもらえない。
あえて言わなかったわけではなかった。
はじめは、伝えようとしていた。弱いところを見せたくはないけれど、「頑張ってくるから」と強い自分を演じようとした。
それから、葉璃には会食直後に存分に甘えさせてもらおう。
そう決めていたのに、迫り来る嫌事が目前に迫ると、単に聖南に余裕が無くなりこの事を匂わせる術も思い付かなかった。
忘れていたわけではないのに、無意識に今日の日を記憶から消してしまうほどには動揺している。
料亭さくらの駐車場に車を停めた聖南は、ハンドルに両手を掛けて項垂れた。
── どんな顔してりゃいいんだよ……。
父親は一体、どういうつもりで聖南と会食をしたいなどと言い出したのだろうか。
仕事を名目に会食をするならば、社長や副社長、幹部が顔を出せば良かったのではないか。
二度も三度も聖南を交えた会食の打診があったとなると、どうしても疑ってしまう。
父親は、自らの立場を利用し聖南との関係の修復を目論んでいる。今さら何度頭を垂れても許す気などない。もはやその次元ですらない。
過去には蓋をしていたのだ。
今がとても幸せだから、悲しかった事も寂しかった事もわざわざ思い出させてほしくない。
顔を見てしまうと、きっと、どこまで苦しめるつもりなのだと罵倒したくなるだろう。
感情を抑えられる自信は皆無である。
「うぉっ……」
頭痛と吐き気が同時に襲ってくるほど思い詰めていたところに、突然運転席側のドアを開けられた聖南は驚いて変な声を出した。
犯人は難しい顔をした社長で、車中で項垂れていた聖南を心配そうに見ている。
「……セナ、大丈夫か」
「あぁ、大丈夫。いやそんなわけねぇだろ。全然、……大丈夫じゃねぇ」
「だろうな。早めに切り上げるよう頃合い見てやるから、セナはとにかく渡辺の方と話をしていればいい」
「……分かった」
運転席から降りた聖南は、会食ともあってきちんとビジネススーツでやって来ていた。
仲居に案内されている最中、聖南は不安げに社長の後ろを付いて歩く。
「なぁ、もう来てんのかな」
「恐らくな」
「社長さぁ、アイツとトモダチなんだろ? なんであんなのとトモダチなんだよ」
「あれは昔から不思議な男なんだ。友人の一人ではあるが、私もそれほど親しかった覚えはない。以前からほとんど連絡も取り合わない」
「……ふーん……」
会話をしているとあっという間に個室の前にやって来てしまい、聖南は一度大きく深呼吸した。
この襖の向こうに父親が居る。まだ対面してもいないうちから、考えただけでグロッキーだ。
── 落ち着け、落ち着け。……葉璃、……力貸して……。
立ち止まり、瞳を閉じて数秒。
聖南は脳裏に、葉璃の笑顔やぷぅと膨れた可愛い顔を思い浮かべた。
そんな葉璃はアキラと共にすぐそばに居るのだが、そんな事など知らない聖南は想像上の可愛い恋人からここ一番の力を注いでもらうしかなかった。
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