46❥ 2P 仲居に襖を開けられ目に入ったのは、すぐに立ち上がって一礼してきた主管の渡辺と、奥には以前会社内で出くわしたあの父親が、座布団の上で胡座をかいている姿だった。 「こんばんは。 どうぞどうぞ、こちらへ」 渡辺に促されて、社長と聖南は並んで腰を落ち着かせた。 父親から視線が送られているのは分かっていたが、聖南は一切そちらを見ようとはしない。 見られるはずがない。 「大塚芸能事務所の大塚です。 とは言っても君とは四十年の付き合いだがな。 今さら堅苦しい挨拶は抜きでいいか？」 「あぁ、構わない。 聖南も、よく来たね。 たくさん食べなさい」 聖南は渡辺にしか会釈をしなかったが、そんな態度に父親は気を悪くするでもなく聖南の前の料理を掌で指した。 『食えるかっつーの』 やたらと気を遣ったような態度に、聖南は困惑した。 水を一口だけ飲むと、社長に言われた通り渡辺とツアーについての話を始めた。 社長と父親は昔話に花を咲かせているし、なんならこのままあっという間に二時間過ぎてしまうのではと若干肩の力が抜ける。 「あ、失礼、会社から電話です」 一時間ほど経った頃、ツアーの細部やスタッフの面子など深い所まで話していた渡辺が電話を理由に席を立った。 『おいおい、今行かれちゃ困んじゃん…！』 救いの渡辺が目の前から居なくなり、急に話し相手が居なくなった聖南は、この場に居たくないとトイレに行こうと立ち上がろうとした。 「聖南、全然食べていないじゃないか。 具合でも悪いのか？」 父親が社長との会話をストップさせてまで聖南を引き留めにかかる。 「…………いや、悪くねーよ」 「腹の傷はどうなった」 「別に。 平気」 渡辺にとって父親は勤める会社の副社長だが、聖南との親子関係は当然知らないはずなので、彼が居たらそこも気を遣わなければならない。 だが今は渡辺は席を外しているので、別にいいかと聖南は敬語など使わなかった。 相変わらず視線を合わせない聖南に、父親はさらに話し掛ける。 「今回のツアーは長丁場だから、体調には気を付けてな」 「………分かってる」 「困った事があったらどんな小さな事でも言いなさい」 「………………………」 もう何杯目か分からない水をガラス製のピッチャーから注いで飲む。 どの口がそんな事を言うんだ、と聖南は鼻で笑った。 今さら、寂しかったんだぞ！なんて言う気はさらさらないが、この父親は聖南を放任したという自覚があるのか甚だ疑問だった。