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「……マジで心配いらないと思うから、アキラには連絡しなくていい」  湯船に浸かって葉璃を背後から抱き締めていた聖南は、すでに二つのキスマーク跡が残る項に吸い付いた。 「心配いらないってなんで分かるんですかー」 「相手が葉璃だから」 「……え、どういう事?」  聖南に寄り掛かって可愛く振り向いてくる葉璃が、心なしか遠慮のない物言いになっていて目尻が下がる。  ささいな変化だが、それだけで葉璃との間にわずかに残っていた小さな壁が取り払われたようでとても嬉しい。 「相手の特定が始まったら、それが葉璃だって分かるのも時間の問題だ。事務所の後輩、ましてやCROWNの弟分でデビューする葉璃と、先輩にあたるアキラが一緒に居たっておかしくないわけじゃん。しかもアキラのスキャンダルとして扱うのに、葉璃が男だって事を素人に突き止められたら、記事出したところで出版社側が恥かくだけ」 「……そっか。だから聖南さん、成田さんにああ言ってたんだ。……その記事自体が誤報?になりますもんね」 「そういう事。撮られた時アキラが葉璃を隠そうとしたのも、内々で動いてるデビュー前だからって言い分が通る。結末見えてんのに記事出すバカはいねぇよ。アキラも気付いてるだろうしな」  ふむ……と何かを考え込む葉璃は、まだ素人同然だ。聖南の言う意味が分かっているのかいないのか、少々不安を覚えた。  事務所側に送りつけた写真をネタに、たとえスクープとして記事が出たところであっという間に事情が炙り出されて鎮火を見るというシナリオは、アキラと聖南には昨日の時点で見えていた。  事情説明で出版社側に葉璃達のデビューの話を漏らすのはどうかと思った聖南も、間もなくツアーが始まるためマスコミに吹聴しても問題なさそうだと判断した。  デビューを控えたETOILEがツアーに同行する事が世間に流れても、それは良い宣伝効果にしかならない。  CROWNとETOILEがそのスクープを利用してしまえる状況にある事を雑誌社側に言い伝えれば、こちら側にしかメリットの無いアキラのスキャンダル記事など一瞬で消え去るだろう。 「そういう事かぁ……。聖南さん、ただのヤキモチでアキラさんに連絡しなくていいって言ってるのかと思いました」 「それもある」 「……即答ですね」  意味もなく葉璃にごねていた訳ではないが、聖南の前で他の男と電話をしている姿など見たくなかった。しかしながら、それがどんな相手でも結果的には妬いてしまうので、若干のこじつけがあった事も事実である。  ただ、わざわざそんな事まで白状するものではない。  葉璃を好意的に見ている相手だと余計に嫉妬心は膨らみ、聖南よりしっかりしたアキラ相手であるとまるで自分が劣っているかのような感覚を覚えてしまうのでカッコ悪いと思った。  千歩譲ってアキラやケイタ、恭也はいい。  だが、もうあまり接点がないのでそうそう接触する事はないだろうが、あの眼鏡マネージャーだけは葉璃にどうしても近付けさせたくない。  聖南の大切な葉璃の唇を奪った憎むべき相手であり、目の前でそれを見せ付けられたので未だに許せないでいる。  聖南ではない違う男と葉璃が触れ合っている現場をほんの三秒見ただけだが、今思い出しても胸がジリジリして狂いそうだ。  すでにあれから数ヶ月が経過していても、彼への嫉妬は未だに胸に燻っている。  どれだけ自身が嫉妬深いか、それだけでも知る事が出来るのだ。 「あんまり俺以外の奴と仲良くすんなよ。あ、いや、仲良くはしていいけど、ベタベタすんな」  余計な事を思い出してしまい、葉璃をぎゅっと抱きしめながら華奢な肩口に鼻を擦り付けるとクスクスと笑う華奢な体が揺れ、お湯の表面が僅かに波打った。 「ふふっ……どっちなんですかー」 「とにかくさ、前から言ってると思うけど変顔して歩けよ。葉璃丸出しだから心配になるんじゃん」 「そりゃ俺丸出しになりますよ! 変顔して歩いてたら不審者と思われるし……って、こんな会話前にもした気がする……」 「あぁ、出会ってすぐくらいだよな。懐かしい……あ、葉璃の部屋でキスしたこと思い出した」  時の流れがやけに早く感じる。佐々木との悶着もそうだが、葉璃と出会ってからの聖南の毎日があまりにも目まぐるしい。  まだあの頃は聖南が葉璃を追い掛け回していて、根暗でネガティブな葉璃は彼を覆う殻を破ってくれず聖南をまったく信じていなかった。  葉璃が男だと分かってからも、消えるはずだった恋心がより燃え上がって焦がれていた日々を思い出した聖南は、今こうして仲良く湯船に浸かっている事が半ば信じられない気持ちである。  些細な事で不安に陥り、過剰なヤキモチを焼いてしまうほど、葉璃のことが大好きだ。  自らの過去など本当にどうでもよくなるほど、葉璃は聖南の暗い気持ちを丸ごと明るいものに上書きしてくれる。  そんな聖南も、たまに卑屈になる事がある。  葉璃と一緒にいるのに唐突に寂しくなって甘えたくて、人目もはばからず葉璃を感じたくて……嗅ぐ。  そこに葉璃がいるのだという「におい」を感じると、どうやらとても落ち着くらしいと、最近の自分の行動をようやく理解したところだ。 「……葉璃、好きだよ。愛してる」 「…………俺も好きです、聖南さん」  振り向きざまに微笑んでくる葉璃の濡れた唇に、触れるだけのキスを落とす。そっと肩に置かれた手のひらが温かくて嬉しい。  愛おしい葉璃。  何も考えずに楽しい毎日を過ごしたい。  早く一緒に暮らしたい。── 家族になりたい。  聖南だけのものだという証はどうやったら付けられるのだろうかと、聖南は葉璃の髪を弄びながら本気でそんな事を考えていた。

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