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─ 葉璃 ─  今日はヤキモチ焼きが一段と凄かった聖南は、お風呂上がりにアイスココアを作ってくれた。  昨日あんな事があったから、もしかしたら……という思いはあったけど、やっぱりだった。  元気いっぱいに俺を翻弄していた聖南が、急に「離れていくな」と言い出して……。  それだけならまだしも、アキラさんへのヤキモチが加速し始めた聖南は少しずつ気持ちを吐露し始めて、俺はそこでようやく、心が不安定なんだと気付いた。  まぁでも、聖南のヤキモチ焼きは今に始まった事じゃないから……正直あんまり違和感は無かったかな。 『──俳優の荻蔵斗真さんの熱愛スクープです!』  寝てないまま朝の九時を迎えて、俺も聖南も目が冴えててリビングでテレビを見てのんびり微睡んでいると、また荻蔵さんのニュースが流れた。  聖南はピタッと俺にくっついて、「ふっ」と笑う。 「まだ懲りねぇのか、荻蔵」 「みたいですね……。ちゃんと彼女作ればいいのに」 「事務所ももう放ったらかしてるもんな。こいつ今後は、たらし役とかそういう役しか回ってこないんじゃね? もしくは幹部にキレられて謹慎言い渡されるか」  見てろ、と笑う聖南はいつもの調子に戻ってて一安心だ。  あれから俺は、なるべくアキラさんの名前を出さないでいたから、それも少しは功を奏してるかな。  聖南の表情を見て安心した俺は、再びテレビに視線を向ける。朝のワイドショーってあんまりゆっくり見た事がないんだけど……荻蔵さんのこれまでのスキャンダル遍歴なるものまで放送されていて呆れちゃったよ。  あんなにたくさん浮名を流していたとは知らなかった。予想のかなり上をいく現実を見ると、素人ながらにも出演作や事務所に傷を付けないようにしてほしいと思ってしまう。  はは、……と乾いた笑いを漏らしていると、聖南が上体を起こして俺をジッと見詰めていた。  わぁ……今日も抜群にかっこいい。 「葉璃、腹減らないの?」 「減らないです。朝は相変わらず食べられない」 「そうなんだ。だから夜あんなに食うんだ」 「え、俺そんなに食べてます?」  いや別に、と笑った聖南は、立ち上がって二杯目のコーヒーを注ぎに行った。  それを俺は視線で追い掛ける。聖南の歩き方とかふとした時の横顔とかを見逃さないようにって、体が勝手に動くんだ。  その時ちょうど、キッチンにいつも置いてある聖南の自宅用のスマホが鳴り響いた。  注いだそばからコーヒーを啜る聖南が、画面を見るなり「あ」と声を上げる。 「社長だ」 「えっ……」  ── 社長……っ? そ、それは……やばい、……やばい。  俺の脳裏に、昨日社長の前で聖南のお父さんにあれやこれやとぶち撒けてしまった事が鮮明に蘇ってきた。  いくら聖南のためだとはいえ、頭に血が上ってたからって俺みたいな凡人があんなに怒鳴り倒していいはずがない。  社長が聖南に電話してきたのって……どういう理由なのかな。  絶対、絶対、絶対、俺の話が出るよね。あの場に俺がいるなんて不自然でしかないんだし、聖南のお父さんにあんなに捲し立ててしまった事も「先輩後輩だから」って言い訳はきっと通用しない。  ただの「先輩後輩」じゃないって、……バレたのかもしれない。  俺のスマホは電源を落としてあるし、どういう事なんだって事情を聴きたくて聖南に掛けてきたとしたら……。 「はいはーい」  俺がぐるぐるし始めている事に気付かないまま、聖南は何とも軽い口調で応じた。  胸がざわざわする。  さっきまでの甘いムードが一変してしまった。 「今から? ……あぁ、うん。フリーだけど。……分かった」  短い会話の後、ソッとスマホをキッチンに置くと聖南がソファに戻ってきた。  聖南のこの表情では、内容までは窺えない。  けれど次の瞬間、聖南の口から俺の不安を増長する言葉が告げられる。 「社長に俺らの事がバレた。葉璃も呼ばれたから、今から事務所行くぞ」 「え……」  俺達の事が、バレた、……? それ……相当ヤバくない?  あまりの衝撃的な台詞に、なかなか思考が追いついてこない。  もしかして俺たちの関係がバレちゃったかも、と考えない事もなかった。   俺があの場でとった行動は、誰が見ても「聖南のための激怒」だったからだ。  でも、でも、……一番バレちゃいけない人物にバレちゃっただなんて、そんなの……っ。 「大丈夫。何があっても葉璃は俺が守るから」 「い、え、い、……や、……え……!?」 「ぷっ……! 葉璃、動揺し過ぎだって。マジで大丈夫だから。俺がついてる」  そんな事を言われても、俺はちっともホッと出来ない。笑う余裕まである聖南が逆に信じられないよ  だって俺、……どうしよう。聖南のためにブチ切れたのに、その結果が聖南に迷惑を掛けてしまうかもしれないなんて、本当に向こう見ずに行動し過ぎたんだ。  とてもじゃないけど行けない、と俺は一回だけごねてみたけど、「大丈夫だから」と押し切られて、足取り重く聖南の車の助手席に乗り込んだ。  俺はどうなってもいい。社長の怒りが治まらないなら、デビューがふいになってもしょうがないと思ってる。  だって聖南は大塚芸能事務所の稼ぎ頭で、CROWNのセナなんだよ。  男と付き合ってるなんて異常だって言われるに決まってる。  俺と聖南を一緒に呼び出すなんて、きっと社長はカンカンに怒ってるんだ。  だから、社長が聖南に傷付ける言葉を言う前に、俺が先陣切って言わなきゃ。  別れたくないけど、……「別れます」って。  だから聖南の事はこれまで通りよろしくお願いします、って……。  ただただ俺が、調子に乗り過ぎた。   聖南への想いを自覚したあの日から、いつかこうなるかもしれないって分かってたはずなのに、俺は聖南の隣に居ることに慣れ過ぎてしまってた。  甘やかされて、とろとろに愛されるのが心地良くて、もう二度と離れられない……離れたくない……と生意気にもそんなことを思うようになってしまったんだ。

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