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 車内では、動揺しまくりな俺に聖南が色々と話し掛けてくれてたけど、全然余裕の無い俺は愛想笑いと相槌だけしか返せなかった。  会話の内容なんかもほとんど何も覚えてない。  考えてたのは、聖南が被害を被らないためにはどうしたらいいか。  その答えはもうとっくに出ていて、「俺と聖南は何にも関係ありません」って社長に断言する。 それだけだ。  聖南は俺と会う度に「離れるな」としつこいくらい言ってくれるけど、それはこんなヤバイ事態が起こらなかった時の話。聖南のこれまでとこれからの芸能生活を考えたら、絶対に俺は隣にいちゃ駄目だ。  聖南に甘え過ぎてた。  俺と聖南の立場も考えられなくなるくらい、夢中になり過ぎてた。  アキラさんとちょっと仲良くしただけであんなにヤキモチを焼く聖南の愛が、意地悪かもしれないけどたまらなく嬉しかった。  可愛い可愛いと頭を撫でてくれる温かさ、「言いたくなったから」という理由だけで俺に誓いの言葉を言ってくれる真っ直ぐさ、一生そばにいてほしいと囁いた甘く優しい声。  俺の何が聖南をそうさせているのか未だに分からないけど、瞳を閉じると目蓋の裏に浮かぶのはことごとく優しくてヤンチャな笑顔。  大好きって想いをこんなにストレートにぶつけてくれる人は、今後二度と現れない。  でもこれが、……聖南のためなんだ。  聖南のため。聖南のため。  俺はどうなってもいい。これが明るみに出た時、聖南が潔白であれば非難される事も追及される事もない。  聖南にはこれからも、キラキラした世界に居続けてもらわなきゃならないんだから。 「……葉璃、そんな難しい顔してんなよ。マジで大丈夫だから」 「うん、そうです。大丈夫。聖南さんは何も心配しないで」 「は? 俺?」  俺じゃなくて葉璃の心配をしてんだけど、って微笑む聖南の横顔は、いつもながらこれ以上ないほどカッコよくて綺麗だ。  聖南のためだと思うと気持ちを強く持つ事が出来始めて、案外落ち着いてきた俺も聖南に微笑み返した。  ……ツラくなんかない。俺は、聖南が幸せならそれだけで嬉しいもん。  大好きな人のためだったら、身を引く覚悟なんかすぐ出来ちゃうものなんだって自分でも驚いた。  それでも、一歩進むごとに心拍数が上がってくる。  事務所の最上階にある社長室の前にいよいよ到着すると、聖南のノックの後に二人並んで入室した。  秘書さんの部屋を通り抜けて、もう一つ奥の扉を開ける。そこには、高そうな革張りソファに腰掛けてのんびりとお茶を啜る社長が居た。 「おぉ、来たか。座りなさい」  聖南は俺を一度振り返って小さく頷き、二人掛けのソファにドカッと腰掛けると「おいで」と手招きしてきた。  この部屋に慣れている聖南はリラックスした様子で、お茶を手にして啜る様を俺は突っ立ったまま見詰める。 「ハル、どうした? 座りなさい」  入り口から動かなくなった俺に、社長はすごく優しい表情でソファへ促してくれた。でもきっとこれは、後からめちゃくちゃ怒る気だから今は穏やかにしてるってだけだ。  なんて切り出すか、すごく考えた。  大塚社長を見て、聖南を見て、を何度か繰り返しても何にもいい言葉が思い付かなくて、喉がギュッと締まってくる。  カチカチに固まって動かない俺を心配した聖南が、「葉璃?」と立ち上がりかけたところで俺はついに意を決した。 「あ、あの!!」  裏返る寸前だった俺の声に、社長と聖南の動きが同時に止まる。  俺は服をぎゅっと握って、一回瞳を瞑って大きく深呼吸した後、聖南を見ると決意が鈍りそうだから、とにかく社長だけを見据えて言葉を紡いだ。 「お、俺と聖南さんは何の関係もないです! 万が一社長さんがこれまでの事を知ってたとしたら、そ、それはごめんなさいです! でもこれからは一切関係ない、先輩後輩になりますから、許してください! 聖南さんは何も悪くありません! 俺が一方的に、……なので、聖南さんは本当に……関係なくて……っ」 「…………」 「……葉璃……? ちょっ、お前何言って……」  頭を下げて数秒後に上げてみると、二人の視線が痛くてじわじわと後ずさる。後ろ手に扉のノブに触れてそれを握った。 「お、俺いますごく動揺してるから、デビューの事とかお怒りの言葉とか聞けないので、後日また来ます。あの、本当にごめんなさい。色々、ごめんなさい……!」 「葉璃? ……ちょっ!? 葉璃ッッ!!」  突然何を言い出したんだと眉を寄せた聖南が近付こうと立ち上がったのが見えて、俺はゆっくりと、後ろ手に掴んだノブを回し社長室を飛び出した。  ごめんなさいと叫んだ俺は、聖南の必死な声を遠くで聞きながらひたすら走る。  昨日もたくさんやらしい事をして、あげくに寝かせてくれなかったから体がギシギシと悲鳴を上げてたけど、そんな事には構えない。  俺は聖南より足が速い。  小さいから小回りが効くし、廊下を歩く事務所の人達にぶつからずに走る事なんか容易い。  追い掛けてくる聖南を撒いて、俺は非常階段へと出た。  社長室に来る前にこの場所は確認してたから、迷わず階段を駆け下りる。 「はぁ、っ……はぁ、っ……」  涙なんか出てこない。  俺は、聖南と想い合えた事はすべて夢だと思う事にした。  卑屈でネガティブなただの男子高校生が、トップアイドルに熱烈求愛される、とんでもない夢──。

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