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 俊足な俺はあっという間に一階まで降り立つと、駐車場とは反対の方へ猛ダッシュする。  しばらく街中を走って立ち止まったそこで、誰からも連絡がつかないようにスマホの電源を落とした。 「はぁ……はぁ……、はぁ……」  ……疲れた。足はもう動かない。  やっぱり昨日、たくさん抱かれ過ぎた。  寝てないし何も食べてないから気分まで悪くなってきて、酸素が足りなくなった頭もズキズキと痛み始めて散々だ。 「腰と足が痛い……」  日曜で人がごった返していた街を抜けると、俺にはさっぱり馴染みのない場所へと来てしまったけど、なんだかもう……どうでも良かった。  こんな事して聖南から離れても、ETOILEとしてデビューすれば先輩後輩としての関係は続くっていうのに。  だって解決にはならない。ただあの場から逃げただけ、だ……。  俺はどうしたらいいんだろう。  ほんの数時間前まで、聖南と寄り添って和やかに笑い合ってたはず。  なんだろ、今のこの状況。  また俺はひとりでぐるぐるして、……どこだか分からないとこまで走って、……嫌なことから逃げてる。 「……はは、……あはは……っ!」  人通りの少ない路地裏、ビルとビルの間にしゃがんだ俺は何も面白い事なんか無かったのにおかしくなったみたいに笑い転げた。  きっと傍から見たら物凄くヤバイ奴だ。  離れるなって約束を破ってしまったから、聖南は悲しむかな。  怒るかな。  聖南にとって俺は唯一無二だと信じてるし、俺もそう思ってるけど、他人はそうは見てくれない。  俺達がどれだけ愛し合っていても、理解を求めるのは簡単な事じゃない。  聖南の居る立場をより深く知った今、昔みたいに生半可な気持ちで聖南と離れる事を選んだわけじゃない。  だって今、ツラくないもん。  聖南のためにしたんだから、全然ツラくないもん。  キラキラな世界に居るべき聖南と、何の取り柄もない俺なんかがずっとずっと一緒に居られるはずはなかったんだ。  それに聖南は、「家族」を欲してる。  俺が気のない素振りを見せたら聖南もいつか目が覚めて、綺麗な女性との結婚と子どもを作る事を夢見始めるに違いない。  そうなるといい。  俺と一緒に居たって聖南の足枷にしかならないんだから。  意地もプライドもない。  俺はただただ、聖南の未来を案じた。  俺が隣にいちゃいけないって、最初はちゃんとそう思ってたはずなのに……なんで? いつからだろう。  聖南から与えられる愛にどっぷりと浸かった俺は、周りの目なんか怖くないってとこまで思うようになっていた。  他人なんか関係ない、って。  それはきっと、聖南も同じ気持ちだと思う。 でもこうしていざ他人に俺達の事がバレてしまうと、途端に怖くなった。  聖南に誰からも悪いイメージがついてしまわないように、はじめから俺との関係なんか無かった事に出来ないかな……。  俺も忘れる。聖南との甘い時間と、たくさんの愛は忘れる。  そうじゃないと、聖南の幸せを祈れない。  大好きな聖南には幸せでいてほしいよ。笑顔のまま、キラキラした世界で輝き続けていてほしいよ。 「……聖南さん……」  ……聖南さん、この決断を許してください。すべてはあなたのためなんだよ。   俺は聖南さんの事が大好きだから……アイドルとしてのセナじゃなく、「日向聖南」の事が大好きだから……。  俺が聖南の未来の足を引っ張ってしまうなんて、怖くてたまらないんだよ。  俺は、瞳をギュッと瞑った。  その奥にはやっぱり聖南のヤンチャな笑顔がチラついて、「葉璃」ってあの声で呼ぶから、俺も思わず泣き笑いしてしまう。  足が痛い。腰も痛い。お尻もずっと変な感じだし、何より眠たい。  ……これからどうしよう。  実家に帰ったら聖南がすぐ来ちゃうかもしれないから、帰れない。  二日、……いや、三日くらい行方をくらませば聖南に俺のこの決意分かってもらえるのかな。  落としたままのスマホを取り出しても、真っ暗な画面に俺の情けなくて不細工な顔しか映らない。  土地勘のないここじゃ、地名を見たって場所が分からないし、時間も確認出来なくて早速心細くなってきた。  情けない俺。  聖南は今頃どうしてるんだろうって、もう考えなくていいのについ聖南の事ばっかり頭に浮かんでくる。  そこでどれくらい座り込んでたか分からないけど、ビルとビルの隙間でも辺りが暗くなり始めたのが分かった。  仕事帰りのサラリーマンやOLさんは同じ方向(多分駅じゃないかな)に向かって行き、夜のお仕事に出勤する人達は逆方向に向かってる。  ……もうそんな時間なの。 「痛ててて……」  とりあえず立ち上がろうとした俺は、中腰で寂しくひとりごちた。長時間しゃがんでたせいで見事に足が痺れてて、すぐには動き出せない。  人目が無いのをいい事に、自分にぶつくさ文句を言ってると突然「葉璃?」と知った声が頭上から降ってきた。 「……え、……?」  顔を上げるとそこにはなんと、佐々木さんが居た。

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