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いつものスーツ姿で立つ佐々木さんは、不思議そうに俺を見下ろしている。
「なんでこんなとこにいるんだ?」
そりゃそう思うよね、夢中で走ったから俺もここがどこかなんて分からない。
「お疲れさまです、佐々木さん」
佐々木さんと会うのはかなり久しぶりだ。
縁があるのか、こうやってどこだか分からない場所で会うなんて。
「いや、答えになってないから。 ここどこだか知ってる?」
「知らないです」
「………俺ん家すぐそこなんだ。 おいで、話聞くから」
知らない場所で一人佇んでいた俺に、何かあったんだって勘付いたらしい佐々木さんが神妙な面持ちで俺に手招きした。
俺を好きだと言ってくれた佐々木さんの後を付いていくのはどうかと思ったけど、動かない俺を振り返って「誓って何もしないから」と言ってもう一度手招きしてきたから、大人しく付いて行く事にする。
佐々木さんが住むマンションの外観は至って普通だった。
なのに中へ入ると昔の名残りの品々がたくさん飾ってあって、ここはヤンキーの溜まり場かと目を白黒させた。
「……すごいですね、黒歴史満載…」
「黒歴史だけど俺にとっては青春だからな」
俺の本音に佐々木さんは笑いながら、スーツのジャケットを椅子の背凭れに掛けて冷蔵庫からお茶のペットボトルを持って来た。
「あ、すみません。 ありがとうございます」
「適当に座っていいよ」
綺麗にしてはいるんだけど、いたるところにもふもふした物があって、部屋中ヤンキー感が凄いからなんだか落ち着かない。
ペットボトルを握って毛足の長い黒のふわふわ絨毯の上にぺたんと座った俺の前に、眼鏡を外した佐々木さんが髪を無造作に崩して胡座をかいた。
いつもと違う髪型と、家でリラックスしてる雰囲気ってだけで、もう総長に見えてきた。
「セナさんと何かあったの?」
佐々木さんが、俺に渡してくれたのと同じものを飲みながら視線を寄越してくる。
「……何かっていうか………」
「別れた?」
「…え、いや、別れてはないけど、そうするつもりです、俺は」
「じゃあ俺いま据え膳?」
「え?」
「ちゃんと別れたら俺んとこに来いよ、大歓迎」
ニヤッと笑うその笑顔は、いつもの優しい佐々木さんじゃない。
別れたらって言ってる辺り筋が通ってるのに、凄まれてる気になる。
「てか急にどうしたんだ? うまくいってたろ?」
「………はい。 実は…」
俺はすべて事情を知る佐々木さんに、今日の事と俺の思いを打ち明けた。
聖南とお父さんとの話は少しだけ端折ったけど、何となく佐々木さんは分かってる風で、俺の話を黙って聞いてくれていた。
ジッと見てくる眼鏡無しの佐々木さんはずっと眉間に皺を寄せていて、もはや総長にしか見えなくて震えそうだ。
「だから言っただろ、最初に。 セナさんと付き合ってもいずれ葉璃はそう思う日が来るって」
「言いましたっけ……」
「それっぽい事言った。 当然の迷いだと思うよ。 セナさん女も抱けるなら、女とくっついてりゃいいんだよ」
「あ、あの、佐々木さん…総長のオーラ封印してくれませんか」
「何、そんなの出てる?」
「出てます。 すごく」
口調も少し強めに変化していて、仕事中はきちんと総長を封印してるんだって改めて分かった。
誰も目の前の総長に気付きもしないくらい、佐々木さんはいつも冷静沈着で穏やかで、稀に笑顔を見せるクールな人って印象だった。
むしろ、無口過ぎて俺と同じく根暗なんだろうなって思ってた時期もあったから、俺も見事に騙されてたって事だ。
「やっぱ家帰ると気抜けるなー。 俺、族だったけど正義の族だったから安心していいよ」
「………正義の族って矛盾してません…?」
「してない。 で、葉璃はセナさんに別れるって言ったのか?」
「……………言ってないです」
「それだとセナさんの想いは断ち切れないと思うけど?」
……そうなんだよね。
俺の勝手な決断だから、聖南が納得するとは思えなくて。
なんて言いながら、俺自身のこの固い決意も、聖南を前にしたら揺らぎそうで怖い。
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