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【必然ロマンショー】♡出会い♡
───どうして。嫌だ。なんで俺が。
小柄で華奢で女顔だが、れっきとした男なのに。
かなり際どいミニスカートを穿かされ、完全な女の格好を強いられた葉璃が、困った顔で佐々木を振り返る。
「佐々木さん、絶対にやらないとだめなんですか…?」
「うん。 春花が急に熱を出してしまったんだから、穴埋めしないと二度とあのキャバレーに出入り出来なくなる。 春花の夢をここで潰してしまうのかい? 春花の病がひどくなっても? 葉璃はそんな事しないよな?」
「…………………………」
「大丈夫。 完璧に女性に見えるし、歌声もこの魔法の油を少しだけ舐めれば春花に似せられる」
姉の春花は、ショーガールになる事が夢である。
大きな夢の第一歩として、今日はとても大事な仕事、キャバレーでの歌唱をしなくてはならないはずだった。
しかし、昨夜から頭が痛いと言っていた春花は今朝から高熱にうなされている。
葉璃の家はごく普通の一般家庭のため、高額な薬にはとても手が出ない。
春花の熱に合ったよく効く薬も巷にはあるのだろうが、葉璃にも両親にもとても買えない値段だ。
今日一晩頑張れば、春花のショーガールへの道を手助けしてくれている佐々木が薬を融通すると言っている。
何故かこの佐々木は、α性でありながらそれに甘んじる事ない生き方をしていて、葉璃はこっそり憧れていた。
その佐々木の頼みでもあるし、何より春花が心配で、葉璃は嫌だ嫌だと言いながらもこうしてキャバレーへとやって来た。
「ここでは「はるか」って呼ぶからね。 なるべく話し掛けられないように努めて。 まぁ私が傍に居るから大丈夫。 春花の未来も大事だが、私は葉璃との未来も大事だ。 協力してくれているからには、私も全力でサポートする」
「……………………」
言っている意味はよく分からなかったが、葉璃はこくんと頷いた。
シャツはいいとして、春花の物であるミニスカートとハイヒールはとても窮屈だ。
ここへ来る前に、佐々木と共にハイヒールで歩く練習をいくらかしたけれど、全く慣れない。
それに加え、客席のある舞台の上で歌を歌うなど初めての事で、手足が異常なほど震えてくる。
春花のため。
春花のため。
そう自分に言い聞かせてもまったく震えは止まってくれなくて、縋るように佐々木を見た。
「佐々木さん……」
「……そんな濡れた瞳、誰にも見せてはいけないよ? ……α性には特に」
「え…?」
まだまだ貧富の差が激しい日本では、近年西洋から新たな性の存在が発表されたものの、多くは自身の正確な性を知らぬ者が多い。
成功した人物だけが知り得る情報、それはつまりα性の者が実質的に、そして本能的に感じる事が出来る。
異端な者扱いを受けるΩ性は、男でも妊娠出産が出来るが、その存在は限りなく少ないらしい。
α性が主に好み、かつ圧倒的に人口が多いのは男女共にβ性なので、葉璃も恐らくそうだろうと思っている。
噂に聞いた発情期というものが、十七歳を迎えてもまだ発症していないので、安堵しているところだ。
これらの情報すべて、目の前の佐々木が教えてくれた事である。
紅を施してくれながら、佐々木は葉璃の耳元で囁いた。
「今日の一仕事を終えたら、私の家においで。 以前から自分の性を知りたがってただろう」
「わ、分かるんですかっ?」
「そうだよ。 春花は確定してるようだけど、葉璃はまだみたいだから……ちょっとだけある事を試してみたい。 そうすれば判明するよ」
自分の性を知ったところで何も変わらないとは思うのだが、葉璃は興味津々だった。
あまり人付き合いが得意ではないので、狭い世界の中で生きてきた葉璃にとっては本当にささいな情報かもしれない。
けれど、この世はすごい世界だと素直にそう感じていて、神秘的だと思った。
これまで二種類しか居ないと思われていたヒトが、実は六種も居るなど、誰が考えただろうか。
薄っすらと笑みを零す佐々木はα性らしいが、葉璃は一体何なのか。
気になる。すごく、気になる。
「お薬渡したら、その足で佐々木さんのお家に遊びに行きますっ」
「遊びに、ね。 どんな事しようかな?」
「楽しみです!」
「私もとても楽しみだ」
この余裕の笑みはα性特有なのかもしれない。
きっと自分はβだ。
調べるまでもなくそう確信している葉璃は、それでも性の仕組みを知りたくて小声ではしゃいだ。
葉璃の狭い世界の中での唯一のα性が佐々木なので、どうしても羨望の目で見てしまうのは致し方無かった。
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