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【必然ロマンショー】♡出会い♡②
春花のためだと呪文のように繰り返していたのに、いざ舞台の上に立つとこの上なく緊張する。
少しでも踵を浮かせたらヒールがカタカタと音を立ててしまいそうなほど、葉璃は震えていた。
こんなに大勢お客さんが居るなんて知らなかった。
出て来た時からひっきりなしに飛ばされる「可愛い」「美しい」という野次と指笛。
大きな拍手と男達の唸り声は、瞳を瞑っている葉璃を大層慄かせていた。
しかし、曲が流れ始めて、歌わなきゃと思うと自然と歌唱に集中できた。
マイクスタンドを握るとより震えが止まるという事も、本番中に分かった。
何とか歌い終えて、またしても襲ってきた震えによって躓きそうになりながら舞台袖へ戻ると、佐々木が体を支えてくれた。
「お疲れ様、はるか。 素晴らしかったよ。 ありがとう」
「…………………」
周囲に人が居たので、葉璃は頷くだけに留めておく。
春花のフリをして歌うなんて絶対に無理だと思っていたけれど、よく似た姉弟なので化粧をすれば案外バレないものらしい。
ただもう二度と嫌だ。
ショーガールを目指している春花とは違い、葉璃は表舞台など金輪際縁のない場所だと思っている。
今日は春花の夢のため、そして熱に苦しんでいる春花へ薬を届けるため、それだけのために頑張った。
「はるか、少しだけ待ってて。 支配人に帰宅の旨を告げて薬を受け取ってくる」
「………………」
歌人でごった返す仕度部屋の隅に葉璃を残し、佐々木が部屋から出て行った。
話し掛けられないように努めて、と言われているので、葉璃は本当に隅っこで壁を向いて気配を消している。
と、そこへ、ザワザワと騒がしいこの部屋へ誰かが入ってきた。
その人物が現れるなり、出番前の女性達がわらわらとその男へ寄って行っている。
葉璃はほんのちょっとだけ振り返って見た。
入室してきたのは、背の高い、派手な男だ。
顔の造りも体格も、日本人離れしている。
青を基調とした着物は実にきらびやかで、とても庶民が身に付けるものではない。
葉璃は男の出で立ちと召し物だけで、彼はα性だと見抜いた。
「聖南さ~ん♡ 今晩どう?」
「おぅ、悪いな。 今夜は先約がある」
「残念~。 また誘うわね♡」
………すごい会話をしている。
その手の事に免疫がない葉璃でも、女性の方からあの男に夜の誘いをしているのだと分かった。
誘いを断った男は、女性達を掻き分けてなぜか真っ直ぐこちらへ歩んできている。
………なんで、なんでこっちに…?
壁と同化しようとしていた葉璃の前に立った男が、ジッと見てきて怖い。
造りもののように整った顔をしている。
「いつから歌ってる?」
「………………?」
「あ、自己紹介がまだだったな。 俺は日向聖南。 君は?」
「…………………」
いや、自己紹介などいらない。
葉璃は今日この時だけの助っ人なので、歌人である聖南と名乗った男とは二度と会う事はないのだ。
今は声を出せない状況なのが好都合だった。
聖南は自分を女だと思っていて、口説こうとしている。
きっとそうに違いない。
葉璃はとぼけるフリで、首を傾げて聖南を見上げた。
ヒールを履いていても見上げなければならない、こんなに長身な男は今まで見た事が無かった。
佐々木の顔も見上げる位置にあるが、ここまで大きくない。
これほどの色男だと、さぞかし遊びを知り尽くしているだろう。
…女たらしだ。
六種の性が存在すると言っても、男女の性別は昔から何ら変わらないのだから、春花のフリをしている、実は男である葉璃を口説こうとするとは相当な遊び人だと思った。
それだけ葉璃の女装が完璧という証明にもなる気がして、まったく嬉しくない。
首を傾げて誤魔化すにも限界があるなと思っていたところに、ちょうど佐々木が戻ってきてくれた。
「はるか、今日はありがとう。 遅くならないうちに帰ろうか」
「……………………」
口説かれていると悟ってくれたのか、佐々木は葉璃の肩に手を回してさり気なく聖南の下心から庇った。
聖南の眉間に皺が寄る。
「おや、聖南さんじゃないですか。 うちのはるかに何か御用でも?」
「………はるかっていうの、その子」
「えぇ、まぁ。 この子は私、佐々木のものですが」
「……………は?」
「はるかは今日が初舞台でしたので、疲れています。 お先に失礼しますね」
話を大きくしている佐々木に、つい「そこまで嘘は言わなくていいよ」と言おうとしたが、すぐに手を握られて歩ませられた。
ハイヒールの葉璃を気遣って、ゆっくりだ。
人波を掻き分けてキャバレーの外へ出ると、真っ暗闇で何も見えない。
夜に出歩くなどした事がない葉璃は怖くて、自然と佐々木に擦り寄った。
「…ちょっと目を離すとこれだ。 急いで帰ろうね、葉璃」
「はい。 …大きかったですね、今の人…」
「早いとこ忘れなさい。 あんな女たらし」
同じ事を思っていた葉璃は、佐々木の呟きに笑っていてすっかり油断していた。
長身を活かし、大股で二人の後ろにせまっていた人影に気付かず呑気に笑っていると、ギュッと強い力で右腕を引っ張られた。
「うわわっっ!」
そしてその人影から、何ともあっさり肩に担ぎ上げられてしまう。
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