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【必然ロマンショー】❥困惑❥
笑顔で佐々木を見上げていた「はるか」を右肩に担ぎ上げた聖南は、グッと腰を持って支えた。
『細っ』
小柄な上にこんなに細いとは、聖南が犯してしまったら大変な事になるのではないかと思った。
「何をしているんですか! 下ろしなさい、聖南さん!」
「嫌。 ちょっとだけ貸してよ。 一晩だけでいいから」
「……! あなたは最低です!」
「あ、はるかが喋った」
背中から「はるか」が罵倒してきたが、初めて話し声を聞けたと聖南の笑顔は崩れない。
歌声の印象と同じく、女にしては低めだ。
だが顔と合っている。
「聖南さん、あなたを待っている方があのキャバレー内に幾人も居るはず。 わざわざはるかを指名しなくても」
「そうなんだけど、何かいつもと違うんだよなぁ。 ここすげぇドキドキすんだよ。 こいつこんな細いから壊したらどうしよって想像したらもう勃ちそう」
「聖南さん…あなたって人は……」
「な、だから一晩貸して。 一晩で満足するか分かんねぇけどな。 ……俺、はるかに惚れちゃったかもしれない」
「はるか」は自分のものだとうるさい佐々木に、聖南は空いている左手で胸元をギュッと握った。
さっきから度々握っては離しを繰り返しているので、そこがシワシワになってしまっている。
右肩に居る「はるか」に意識を集中したくても、佐々木がこれみよがしなため息を何度も吐くので無性に腹が立つ。
「惚れたところで、聖南さんにはるかは抱けないと思いますけど」
「は? バカ言うなよ。 俺だぞ? 一回のセックスで夢中にさせてみせるよ」
「はるかは私のものだと言ったはずです。 人のものに手を出すのは禁じ手だと思いますが」
「俺のものにするから。 それでいい?」
飄々と言い放つ「私のもの」発言がひどく忌々しい。
しかも百戦錬磨の聖南に対し「はるかは抱けない」と言われるなどプライドも傷付いた。
それは、「はるか」が佐々木のものだから抱けないという意味なのだと思うと、余計に味わってみたくなる。
心臓のドキドキの正体も知りたいし、「はるか」からまた見詰めてもらいたい。
一気に内臓が押し上げられるほどの衝撃は、普通じゃないと思うのだ。
「あ、あの、佐々木さん、お薬を……!」
肩口の「はるか」が、佐々木に甘えた声を出した。
それだけで、腹が立つ。
『俺の前で他の男に色目を使うな。 甘えるな』
初めての感情を押し殺し、聖南はさらに「はるか」を支える手に力を込めた。
「あぁ、そうだったね。 …聖南さん、はるかを下ろしてください。 この子の姉が病に苦しんでいるので、一刻も早く薬を届けなくてはなりません」
「嘘じゃねぇだろうな?」
「嘘じゃない! 早く下ろしてください! お腹痛いです!」
担がれて二つ折りになった「はるか」が痛いと言ったので、聖南は渋々肩からその華奢な体を下ろしてやった。
佐々木の左手には確かに小さな薬袋を持っているし、嘘ではないと思うがここでみすみす「はるか」を逃したくない。
地面に下ろした瞬間に佐々木に駆け寄って行った背中を見ると、歯痒くてたまらなかった。
「………俺も付いて行く。 薬渡したら今夜は俺と過ごせよ、はるか」
「!?」
「何を言っているんですか、さっきから。 聖南さんにはるかは抱けません」
「はぁ? なんでだよ」
「…あなたは女性しか知らないでしょう。 ……さ、行こうか」
「っはい」
───どういう意味だ。
聖南が唖然とする目の前で、二人は寄り添い合いながら向こうへ歩いていく。
ハイヒールを履き慣れないなら、脱がしてやればいいのに。
慣れずにヨタヨタ歩くから、そんなに佐々木にくっついてしまうのだろう。
『そんな奴と一緒に居るな。 離れろよ。 俺にしとけよ』
もしかして佐々木は、わざと履かせたままにしているのかもしれない。
足元がおぼつかないと、佐々木に縋り付くしかないから。
苦しい胸の内を秘めた聖南が見詰める先で、「はるか」は時折、佐々木を見上げて微笑んでいる。
佐々木の右腕をしっかりと持ち、安心しきったように笑うその横顔を見ると胸が落ち着かなかった。
鼓動が早くなる。
あの瞳が聖南を見詰めてくれたのは、ほんの数秒だった。
それもやや鬱陶しげに。
『女性しか知らないでしょってどういう意味なんだよ。 「はるか」も女だろ』
今夜の相手がどんどん遠ざかってゆく。
走り寄ってその腕を取り、強引に連れ去ってしまいたかったが何故か足が動かなかった。
佐々木の隣で笑う「はるか」の儚い姿は、聖南が今までで一度も感じた事のない憂いを帯びている。
そう簡単に抱いていい女ではない。
目の前に立ち、見上げてきたその瞳に撃ち抜かれた聖南の心が、容易い性交を良しとしなかった。
ただし一つ、胸の内は決まった。
『絶対に俺のものにする』
二度と他の男の腕に縋る事のないように、「はるか」が聖南に惚れればいい。
聖南はとっくに、一目見た時から「はるか」に惚れているのだ。
自分のこれまでの経験を最大限に活かして、何としてでも夢中にさせてやる。
「聖南がいい、聖南が欲しい」と言わせなければ、気が済まない。
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