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【必然ロマンショー】❥困惑❥②

あの運命の出会いから二週間。 聖南は誰とも交わっていない。 毎日日替わりで違う女と遊んでいた聖南にとっては、由々しき事態である。 このままだと欲望が爆発してしまいそうだ。 それというのも、「はるか」に一目惚れしてから、誰が相手でもいいとは思えなくなっていた。 抱きたいのは、「はるか」だけ。 小さな体を肩に担ぎ上げた感触と、声と、においを思い返して、聖南は自慰をして過ごした。 自分に惚れさせなければ意味がないと思って、あの日は「はるか」を追い掛けなかったが……もしかしてあの後二人は楽しんだのだろうか。 『考えねぇようにしてたけど…本当だったらいけ好かないな』 「はるか」がまだ誰とも交わっていないというのは、α性の特性のおかげなのかにおいで分かった。 だがこの次に会った時、初なにおいがしなかったら、それこそ聖南は理性が効かなくなる恐れがある。 初ものを頂きたいわけではなく、聖南ではない他の誰かと交わるのが許せないのだ。 『俺のものだろう、浮気をするな』 そう、どこぞの嫉妬深い旦那のような台詞を吐いてしまうかもしれない。 聖南は自身が奔放だったのであまり大きな口は叩けないが、「はるか」と出会ってからは他の女に目移りしなくなった。 引き寄せられるように、「はるか」の残像を追う日々。 同じ歌人なのだろうから、落とすチャンスはいくらでもあるとたかを括っていた。 これほど再会出来ないとは思いもせず、あの日二人の背を黙って見送った聖南の胸中はすでに焼け焦げそうだった。 「おい聖南。 今夜、例の歌人の名があったぞ」 「何!? それは本当か!」 今日のキャバレーはそれほど規模が大きくない。 これまでの会えない日々が当たり前になってきていた矢先に、成田からの突然の吉報で聖南は勢い良く立ち上がった。 一階の客席を見渡せる高い位置に居たが、走って仕度部屋へと向かう。 『この日を待ちわびたぞ!』 なかなか会えないのだと悟った今、次に出会えた時は本気で聖南の手中に収めるつもりだった。 今日のこのチャンスは絶対に逃せない。 瞳を見詰めてもらい、背中がゾクゾクするほどのあの高揚感をまた味わいたい。 そして確認しなければならない。 この二週間ずっと、胸元を握って考えていた事。 もしかして「はるか」が、聖南の運命の番なのではないかという、不確かな予知を──。 「あら聖南さ~ん♡」 「近頃まったく遊んでくれないじゃな~い」 「今晩お相手いかが~?」 「悪いな、二度とない」 むせ返る香水の匂いに鼻が曲がりそうだ。 口々に話し掛けてくるβ性の女性達は、舞台で映えるようにかなり厚めに化粧を施している。 聖南は気のない返事を返しながら、今まで何故この厚化粧の女達を抱けていたのだろうかと不思議に思った。 擦り寄ってくる女達を掻き分けて部屋の隅を目掛けて歩くと、そこには「はるか」と佐々木が居た。 前回同様、人目を避けるように二人は寄り添っている。 「はるか、久しぶりだな」 ゆるやかにカーブした後ろ髪を見て、胸を高鳴らせる。 綺麗な髪だとうっとりしながら声を掛けると、ゆっくり振り向いて聖南を見上げてきた。 『………………?』 視線が合う。 聖南を見たその瞬間、この「はるか」は頬を染めた。 「本日もよろしくお願いします。 聖南さん」 無表情の佐々木の声など耳に入らなかった。 聖南は、待ち焦がれていたはずのその瞳を見下ろした時、…いや、振り向く間際の横顔の時点からすでに違和感を感じていた。 『はるか…? あの時のはるか…か?』 何がどう違うとは言えないが、顔も背丈も華奢さも同じなのに、何かが根本的に違う。 この女は、聖南の心臓を掴んで離さない、あの時の「はるか」ではない。 「あ、悪い。 人違いだ」 「…えっ? 私、……春花ですけど」 「いや、違う。 俺の知ってるはるかじゃない。 失礼した」 『見てみろ、声や口調まで違う。 ソックリさんかよ』 佐々木が連れているし、本人が面と向かって名乗ってきたし、見た目は完全に「はるか」なのだが違うものは違う。 全然心がときめかなかった。 確かに視線が合ったけれど、恐ろしいほど何とも思わなかった。 『一体どういう事なんだ…!』 悔しい。 この瞬間を待ちわびていただけに、落胆が大きい。 今日こそ口説き落とそうと意気揚々だったのだ。 「はるか」には性急に体を求めるような真似はしないと決めていた。 まずは麗しい瞳を見詰めて、世間話でもしようか。 話をしてくれたら、さり気なく体を寄せて手を握ってみよう。 それも許してくれたら、その時は唇を重ねてみよう。 思春期の初めてのデートを思い起こさせるような、初々しい語らいから少しずつ聖南に心を開いてくれたら嬉しい。 そう思ってワクワクしていたのに。 違った。 肩を落として扉のノブに手を掛けたその時、外側からノブが回って小柄なヒトが聖南の胸元にぶつかってきた。 「痛っ…」 「…お、すまねぇ。 怪我は………っ!」 小さく呻き、鼻を擦るその人物が瞳を細めて聖南を見上げてきた。 「……っっっ!」 ───体が熱い。 瞳から視線をそらせない。 ジッと見詰められて、聖南の頬が急速に赤らんだ。 『この目…! この瞳だ!』 いつかに感じた、内臓を押し上げられるような妙な感覚。 本能的に心を持っていかれるこの感覚は、α性だからこそ感じ得る特権だ。 聖南は咄嗟に細い腕を掴んだ。 そして、細い腕を握ったままキャバレーの外へ飛び出した。

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