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【必然ロマンショー】♡困惑♡

……掴まれた腕が痛い。 長身の男が葉璃の腕を取り、何も言わずに突然走り出したせいで、訳が分からないまま一緒に走っている。 腕を強く掴まれていて、逃げ出せないのだ。 葉璃は小柄で、華奢で、非力だ。 ただ足は早い。 長い足を活かした男の走りにも、難無く付いて行けている。 闇雲に走っているのかと思ったら、キャバレーから徒歩で数分の神社の境内へとやって来て、その場で腕を解放された。 「はぁ、はぁ、…!」 息を整えながら、葉璃は男を睨み付ける。 誰かと思えば、春花の助っ人をした際に妙な事をポロポロと発していた「聖南」ではないか。 そういえば今日の召し物も、一目で上等なものだと分かる。 薄い桃色の着物には、見た事もないキラキラした粒々が無数に付いていて綺麗だ。 おまけに聖南の顔は、前回と同じくやたらと色気があり造りものめいていた。 睨んでいると、段差に腰掛けた聖南に腕を引かれ、隣に座らされた。 「まぁ座れよ。 はるか、お前に会いたかった」 「………………………」 ──そうだ、すっかり忘れていた。 聖南は葉璃が演じた「はるか」を随分気に入っていたから、あんなにも妙な事を色々と言っていたのだった。 自宅へと帰り、白湯と共に飲ませた薬で春花の病は三日ほどで完全によくなってホッとしていたので、助っ人の事など頭からコロッと抜け落ちていた。 ついでに言うと、この聖南の事もだ。 「さっきはるかって名乗る女に会ったけど、はるかじゃなかった。 似てたけど、違った」 「………………………」 「あの時のは、お前だろう?」 「………………………」 「何だよ、やっぱり話してくんねぇのか」 「………………………」 話をしようにも、もし助っ人の事がバレたら春花の夢が絶たれてしまうかもしれないと思うと、迂闊に声を出せない。 男にしては高い葉璃の声も、きちんと変声期を迎えたそれだ。 ここで、この顔の広そうな聖南に助っ人の件を勘付かれるわけにはいかなかった。 「髪…切ったんだな。 長いのも良かったが、これも似合ってる」 ふわりと微笑む聖南の指先が、葉璃の髪に触れた。 あの時の髪は仕度部屋にあったカツラを装着していただけで、髪を切ったわけではない。 葉璃は黙りこくって、聖南を見ないようにしていた。 この調子でうまく誤魔化し通して、隙を見て逃げ出そう。 聖南は髪だけではなく耳たぶにまで触れてきたので、その時はさすがに体がピクッと揺れてしまった。 葉璃の体に優しく触れてくる聖南は、ロクに返事もしていないのにベラベラと喋り始める。 「あの時の舞台での姿を、毎日思い浮かべてる。 目に焼き付いてんだ」 「…………………」 「腕も震え、声も震え、何かに怯えてたよな。 あれが初舞台だったんなら、当然だ」 「…………………」 「お前の顔が好きだと思ったんだが、歌声もたまらなかった。 健気に歌い切った姿が俺の心を持って行った」 「…………………」 「俺はα性だから、思う存分人生を謳歌して、その後の事は流れに身を任せようと思っていた。 ……でも考えが変わった」 触れるのをやめた聖南が、葉璃の顔を覗き込んできた。 大袈裟ではなく、まるで西洋の人形のように美しい男である。 聖南の二の句を待っていると、両方の手を取られて真剣に見詰められた。 薄暗く、静寂が包む境内はかなり不気味で、聖南の手のひらの温度に少しだけ安心してしまった。 「お前はβのようだな? Ω性かと思ったんだが…まぁ性なんてどうでもいいんだけど、俺と夫婦にならないか?」 「………………っ?」 「真面目に考えてほしい。 俺の心を持って行った責任を取れ、……と、言ってみる」 「………………!」 「無理強いはしない。 だが、俺に惚れさせたい。 お前の時間をくれ」 見詰めてくる瞳に嘘は無さそうだ。 驚いて目を丸くしていた葉璃の心が跳ねている。 自分を女である「はるか」と間違えているのに、まったく何の疑いもなく求婚しているのだと知って動揺した。 こんなに熱を持った瞳を向けられ、日本人離れした麗しい男に見初められたというのは控えめに考えても嬉しい。 葉璃に男色の気はないはずだが、この男から熱っぽい台詞を言われると体が熱くなってくる。 「……………ん? ……お前本当にβ性か?」 声を出せない葉璃は、ひたすら聖南の瞳を見詰めていたが、そのあまりの熱量にふと視線をそらした。 目前の生い茂る雑木林を捉えて照れから逃げていると、聖南が首を傾げる。 「なんだ、このにおい。 初めてだな」 「…………?」 「お前から出てる」 瞳を閉じて顎を引き、何やらブツブツ言いながら葉璃の手を握りしめてきた。 ……におい? 何の? 葉璃も首を傾げた。 今日は春花の舞台を応援したいと思い、きちんと風呂を済ませて来たのに。 自身が石鹸の匂いに包まれている自覚があったので、「においがする」とは失敬だ。

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