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【必然ロマンショー】♡自覚♡②

先刻のキスとは比べ物にならないくらい、濃厚に舌を弄ばれた。 聖南の腕に手を添えて抵抗しようとしても、どうしても気持ち良さが勝ってしまう。 α性とΩ性だから、こんなに頭がぼーっとするのだろうか。 吐息にさえ熱い想いを乗せられているかと思った。 頬が火照ってどうしようもなく、脳が痺れて何も考えられない。 けれど荒々しい口付けはほんの少し乱雑で、聖南の眉間を見ても腹を立てているのが分かって怖かった。 やめてほしい。 何か分からない怒りをぶつけてくるのは、やめて───。 「んっ…ちょ、……っ…やめっ…」 「腹が立つな。 葉璃の初めてはすべて俺が貰えるもんだと」 「………ふっ…ん、……」 「アイツとこうやって口付けして、何も起こらなかったのか」 「…っ、っ………んっ」 キスの最中にもこうして何事かを呟かれた。 まともに考えられなかったけれど、何も起こらなかったのかという問いには何度も頷いた。 すると少しずつ聖南の怒りが治まっていくのが分かる。 唇が離れていき、欲情を滲ませた瞳で見詰められて葉璃の背中が震えた。 「そうか。 これは俺だけに漂わせておけ。 α性は、Ω性のフェロモン……香りに敏感だ。 加えてお前のその容姿。 フェロモン無くとも襲われる危険がある」 「な、ないですよ、そんな…!」 「葉璃がΩ性だという事は、α性なら誰しも感じ取れる。 どこでどんな危険があるか分からねぇから、俺から離れるなよ。 絶対に」 「…聖南さん……」 駄目だと言っているのに。 葉璃は男なのだから、もっと聖南に見合った上質な女性と番になればいいのに。 どうしてそんなに心を揺さぶるのか。 「口付けしただけでこれだ。 この辺一体のα性の者達が押し寄せてきても困るから、俺の部屋に行こう」 「え……部屋、ですか」 「何もしない、とは言い切れないが、葉璃の嫌がる事はしないと誓う。 さっきからぐるぐると何かを考え込んでいるようだし、俺の想いを伝えるにはここでは不便だ」 立ち上がった聖南に手を引かれ、葉璃も渋々付いていく。 町に降りて行くと、聖南は人気者のようであちこちから話し掛けられていた。 連れている葉璃を値踏みするように不躾な視線を注がれたが、あれはキスの余韻でβ性にも感じ取れるフェロモンを葉璃が放っていたからだと後に知る。 聖南も出番があるはずのキャバレーの前を通り過ぎようとした時、突然葉璃は立ち止まった。 「どうした?」 「聖南さん、……舞台の出番が」 「あぁ、間もなくだろうな。 俺はいつも最後だ」 「………行くべきです」 「いや、今はお前との時間を優先したい」 「そうですか……じゃあ、俺は帰ります」 「なっ、何だと!? 何故だ!」 「聖南さんのお仕事は歌人ではないんですか? 俺との時間を優先する前に、やらなければならない事をこなすのが男です。 ……α性ならば特に」 「……………………!」 葉璃は、自らの性を知る前から、誰にも迷惑掛けたくない質だった。 それは聖南にも言える事で、葉璃との時間が大事だという前に、多くの観客とそれを支えるキャバレーで働く者達に迷惑を掛けてほしくなかった。 聖南のこれまでの実績を崩したくない。 葉璃が理由ならば、尚の事……。 「俺は、…聖南さんに惹かれています。 聖南さんが女性しか無理だと分かっていても、あんなに素敵な口付けを貰ったら恋に落ちてしまいます。 ……だから俺は…あなたの歌が聴きたい」 「………葉璃………」 「俺を信じさせてください。 ……あなたの想いが本物だって」 ついさっき知ったばかりの己の性。 突然目の前に現れて愛を伝えてくる聖南。 葉璃の気持ちが追い付く間も無く、聖南が心をガシッと掴んで持って行こうとしている。 ───怖くないはずがなかった。 いくら性を開花させてくれたとしても、それが聖南の気の迷いであったらと思うと怖くて仕方がない。 けれど葉璃は、賭けてみた。 つまらない毎日に、突如として表れた光る存在が葉璃を愛そうとしてくれるのならば、もっとときめかせてほしい。 もっと、もっと、貪欲に愛を伝えてほしい。 葉璃と聖南はしばし見詰め合った。 叱咤されて驚いていた聖南の瞳がスッと細められる。 「本当に信じるのか? 性など関係なくお前に惚れていると、俺の歌を聴けば信じられるのか?」 「…それは…分かりません……。 分からないけど、でも、信じたいんです。 …今のままじゃとても……聖南さんに俺の裸は見せられない…」 聖南の生業である歌を聴いてみたい。 この瞳で、この声で、熱く歌い上げる様を見れば、葉璃の心が決まる。 そんな気がした。 「………分かった。 今宵は葉璃のために歌う。 よそ見をするなよ」 ゆっくり葉璃の手を取った聖南が、着物を直しながらキャバレーの中へ入って行く。 聖南が居なくなって大慌てだった付き人と支配人から騒々しく出迎えられて、すぐに出番となった。 スタンドマイクの前に立つ長身の美丈夫。 葉璃は、客席に居た。 ぽっかり空いていた一席に着席し、舞台を見据える。 そして───。 「………何、……これ…」 聖南の歌唱が始まり、歌声が耳に飛び込んでくるや身震いするほどの高揚感が葉璃を襲った。 心臓がうるさい。 胸元をギュッと握って、舞台の上の聖南をうっとりと眺めた。 彼の存在しか目に入らなくなる、こんな感覚は初めてだった。

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