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【もしも聖南と葉璃が赤ちゃんを預かったら】5

 林さんから、あと十分くらいでここに到着するという連絡がきた。  「ミルクもオムツ替えも完了しました、ちなみに聖南さんも居ます」と言うと、林さんは大急ぎで向かうと慌ててたから、聖南が居る事は言わない方が良かったかもしれない。  人見知りしない愛嬌のあるりゅうた君のお世話は、とっても楽しかったけどとっても疲れた。  これが毎日だと思うといずれ発狂しちゃうよ。  それくらい育児は大変って事だ。  その点、聖南は何だか楽しそうで、オムツ替えをマスターしたとたった一回で自信たっぷりに笑ってた。  聖南はほんとにすごい。  物事を受け入れる柔軟性と率先して取り組む姿勢は、年齢イコール芸歴のアイドル様には似つかわしくない殊勝さだ。  また、見習わなきゃならない点が増えた。  ……惚れ直した、という点もね。 「なぁ葉璃」 「……はい?」  腕の中でウトウトしているりゅうた君を見詰めていた聖南が、静かに俺を呼ぶ。  もうすぐお別れだから寂しいのかな。  感慨深げな表情に見える。 「葉璃は、赤ちゃん欲しいなって思う?」  ……え……?  ……なんでそんな事聞くんだろう。  まるで仲睦まじい親子みたいに、りゅうた君を抱っこした俺の肩を抱く聖南。  俺は、質問の意味を知りたくて恐る恐る聖南を見上げた。 「……聖南さんはどうですか?」 「んー……葉璃との子どもは欲しいと思うけど、俺達二人の血が入ってないなら……な。 うん、そういう事だ」  …………濁した聖南の言いたい事が、分かった。  俺はネガティブだからつい、「聖南さんほんとは家庭持ちたいんでしょ」と聖南にとっては心無い事を思ってしまったんだけど。  聖南も聖南で似たような不安を覚えてたんだ。  そんなの、聖南にプロポーズされた時……ううん、もっと前から俺の中で結論は出てる。 「俺も同じです。 赤ちゃんは可愛いですけど、俺は……聖南さんとの子どもがいい」 「まぁたとえ赤ちゃん居ても俺は葉璃が一番だからなぁ。 子どもそっちのけで俺達イチャイチャするから、その子は多分ロクな大人にならねぇよ」 「あはは……っ、そうかもしれませんね」  世の中の家庭は、旦那さんが子どもにヤキモチを焼くのかもしれないけど、俺達の場合はそこが少し違う。 誰が居ても平気で俺を構い倒す聖南が、そう簡単に対象を変えるなんて出来っこない。  それは俺も同じで、聖南の言った事に分かる分かると頷いてしまった。  赤ちゃんは可愛い。  けれど、「俺が女の子だったら」のぐるぐるを度々してしまっても、聖南はそのぐるぐるだけは許さないって言ってくれるから、俺は聖南と同じ考えを持てた。  育児は体験するだけでいい。  親に一度も愛してもらえなかったと嘆く大きな子どもを、これから先死ぬまで愛すると決めたのは俺だ。 「ご迷惑おかけして申し訳ありません! まさかセナさんにまでりゅうたを見てもらっていたとは……!」  人目があるからと、玄関先まで迎えに来た林さんは到着するや否や土下座する勢いで聖南に謝っている。  りゅうた君を受け取り、鞄を肩に掛けてもまだ平身低頭だった。 「雑誌の撮りが早く終わったんだ。 貴重な体験させてもらったよ」 「そそそそんなっ滅相もない!」 「聖南さんね、ほんの三十秒でりゅうた君と仲良くなったんですよ。 あっ、オムツ替えは聖南さんがしてくれました」 「えぇぇぇっっ!?」 「なかなかうまくできたと思うんだけど。 やり方間違ってたらごめんな」 「いえいえいえいえいえ! CROWNのセナさんにオムツ替えしてもらえただなんて、りゅうたは贅沢者です! 姉も喜ぶと思うんですけど、これ言っちゃうとお二人の仲を広めてしまうかもしれないので黙っておきます! あー! やっぱ……言いてぇぇぇっっ」  林さん、……素が出ちゃってるよ。  おとなしい喋り方しか知らなかった俺は、林さんが「言いてぇ!」と叫んだ事に驚いた。 「りゅうた君、ばいばい。 楽しかったよ」 「うきゃっ♪」 「じゃあな、りゅうた。 でっかく育てよー」 「うきゃっ♪ うきゃっ♪」 「……CROWNのセナとETOILEのハルが……りゅうたにバイバイしてる……信じらんねぇ……」  眠そうだったりゅうた君は、バイバイの意味を知らない。  最後の最後まで可愛く愛嬌を振りまいてくれて、俺と聖南もニコニコでお見送り出来た。  林さんは完全に素人目線になってしまって、扉を出て行く間際もペコッと頭を下げながら去って行ったんだけど……。 「二人すげぇ……新婚みたいだったなぁ……」  いいなぁ、という林さんの心からのぼやきは、中に居た俺と聖南にもバッチリ聞こえていた。 「───俺ら新婚みたいだって、葉璃」 「……間違ってはいない、ですよね」 「ん。 じゃあ今夜もかわいー奥さんを頂いちゃっていいって事だよな? 来いっ」 「えっ? ちょっ……聖南さんっ」 「楽しい楽しいイメプレの時間だ♡」 「またイメプレですかー!?」  赤ちゃんの居ない新婚夫婦に戻った俺達は、その夜「新婚さんの初夜」っていうタイトル(聖南が付けたんだよ!)でイメージプレイをした。  恥ずかしかったけど、まぁ、…………楽しかったよ。 【もしも聖南と葉璃が赤ちゃんを預かったら】終 次回【別れ話(全四話)】

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