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☆セナ様とハル姫様のお話③

 どこまでも続いているかのように長い純白の廊下を、セナはイツキを連れて歩いた。  向かう場所は、ハルがおやすみ中の二人の寝室。 とは言っても、セナはまだハルの隣で眠る事を許されていない。  今夜こそはと思いながら、廊下と同色の扉をノックしてみた。  眠っていればイツキの紹介は今でなくてもいい。 そう思っていたセナの地獄耳に、ひたひたと床を歩く足音が内から聞こえた。 「起きてたか。 はる、寝起きのところ悪いんだけど、ここで新たに使う事になった、イツキだ」 「はじめまして」 「………………」  セナを見上げていたハルが、じわりとイツキに視線を移す。 ぺこ、と頭を下げて挨拶をすると、一歩下がって長身の二人を交互に見始めた。  この上目使いを他者に見せるのは気が進まないが、セナはピラミッドの上位に位置したイツキを自身の使い人に任命したため、何かと関わりの多くなるであろう彼にはハルを紹介しておきたかったのだ。  ───自慢したかっただけ、とも言えるが。 「この者は俺の伴侶の、はる。 かわいーだろ」 「えぇ、とても。 ……しかし不思議だ。 はじめて会った気がしない」 「え、お前もあっちの記憶あんの?」 「あっちの記憶? そんなものありませんけど」 「……だよな」 「気持ち悪いほど、頭の中が空っぽです」 「それが普通だ。 ここで暮らしてたら容量パンクするくらい生きなきゃなんねぇんだ。 ま、死の概念が存在しねぇからなんだけど」 「あなたが仰る意味も分かりません」  生きていた頃の記憶がみるみる戻ってきているセナは、このイツキが眼鏡を掛けていない事が新鮮に感じた。  整然とした彼は此処でもそういう役回りのようで、セナの直感と記憶に任せて与えた責務を必要以上に全うしてくれるだろう。  如何せん問題なのは、イツキはセナの恋敵だった事。  わざわざ伴侶だと紹介したにも関わらず、一歩下がったハルに近付いて顔を覗き込んでいるその様は、本当に記憶がないのかと疑いたくなる。 「……本当に不思議。 君を見ていると懐かしい」 「…………あ、あの……」 「おい、そばへ寄り過ぎだ。 あと、君じゃなくて姫と呼べ。 はる姫だ」 「姫? はる姫様?」 「ちがいますっ、……俺は、……姫なんかじゃ……」 「俺がせな様なんだから、はる姫だろ?」 「…………っっ」  当然のように言い放つセナは、これを何度となくハルにも言い聞かせているがその都度睨まれてしまう。  此処でのハルは少々ツンツンしている。  だがそれもまた可愛い。 今はまだ、彼を追い掛けている最中だ。  死の無い世界でようやく会えたのだから、焦りはしない。 「はる、よく眠れたか?」 「…………はい」 「そうかそうか。 いい子にしてたみたいだな」 「………………」  イツキの指導はキョウヤに任せ、セナはハルとの二人きりの時間に浮足立った。  ハルはよく食べ、よく眠る。  月も太陽もない天界に昼夜が在るのは、下界で生きていた名残りを体が欲しているからだと、長は言っていた。  この地で順応していくのも個人差があるので、焦らないと決めたセナもハルのペースに合わせてきちんと我慢をしている。 「なぁ、今日は俺もここで寝ていい?」 「ダメです」  ……が、最近は寝床を分けているのが寂しくてたまらなくなっていた。  焦ってはいないけれど、恋しくて恋しくて眠れないセナの毎夜の日課が、ハルの寝床の傍らに立ち可愛い寝顔をひたすら眺める事だ。  ───寂し過ぎる。 「そう即答するなよ。 そろそろいいじゃねぇか……ここへ来てもう幾ばく経ったか。 はるを抱き締めて眠りたいんだ」 「ダメです」 「何故そう拒むかねぇ。 あっちではラブラブだったってのに」 「…………せな様との記憶はありませんから」  それは分かっているし、記憶など無くとも此処でまた新しい愛を育くめば良いではないかと、セナは決して諦めない。 「俺、食いしん坊のはるのために、あの塔のてっぺんから伸びるツルを上って果実を採ってくる。 無事に帰って来れたら、ご褒美ちょうだい」 「あの塔って、あの塔……っ?」  大きな縦長の窓から見える高い塔を指差すと、ハルは瞳を丸くしてセナを見上げた。  下位の民が遊びで造った建造物の頂上に、これまた神が遊びで植え付けた代物がある。  あまりにも高所ゆえに誰も踏み込まない、けれど確かに存在するそれがセナも気になっていた。 「そうだ。 天国への階段が拝める場所に実ってる果実なんだけど、それが何とも絶品らしいんだ」 「あ、あんな高いところ……! 落ちたらどうするんですか!」 「いやたとえ落ちても、痛くも痒くもないから平気。 ただし目的を失敗すると失明しちまうんだな」 「えっ!? 目が見えなくなるって事? どうして……っ」 「天国に一番近い場所だって言ったろ? 出向いた目的と違う事が起きると、神が「何やってんの」って意味で強烈な光を俺達に向けるんだ。 まぁ、半分はイタズラ心だな」 「………………」  どういう事ですか……と目を白黒させるハルに、セナは自信満々にニコッと笑ってやる。  死にはしないけれど、神のイタズラ心などでハルを拝めなくなるのはツラい。  非常にリスキーな提案だが、セナを信用しきれていないハルへ想いを伝える事が出来るのなら何事も容易い。  ご褒美は、添い寝。 ついでにあんな事やこんな事もデキたら嬉しい。

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