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☆セナ様とハル姫様のお話④

 ────── 「ハル姫様、行かせてしまって、本当に、よろしかったのですか?」  果実酒の入った洋梨型のグラスを差し出してくるキョウヤに、ハルは唇を引き結んで見せた。  セナの居ない寝室に独りでは居られない。  考え込んでしまうだけなので、ハルの近頃の休憩場所はただただ広いポーチだった。  絶品の果実を採ってくると言い残し、あれからすぐにここを飛び出して行ったセナがまだ戻らない。 「……行くと言い出したら聞かないでしょ、せな様は」 「そうかもしれませんが……。 セナ様があそこへ旅立って、もういくつ、夜を超えたでしょうか……」 「………………」 「長も、お怒りです。 職務放棄だと」 「………………」  そう。 それほどに時が経っている。  そのような概念が無くとも、昼と夜を繰り返すこの地では暦に似た感覚があった。  ハルが此処へ来て添い寝を拒んだ日数よりも、セナがハルのために出掛け館を空けている日数の方が長い。  鬱陶しいほど傍に居たがったセナが居ないと、寂しいと思い始めていた。 「誰も口にした事のない、絶品の果実を、食べさせてやりたい。 どんなにハイリスクでも、ハル姫様に食してもらい、笑顔になってほしい。 セナ様は、ハル姫様を、待ちわびていましたから。 どんな事でも、してさしあげたいのだと、思います」 「………………」  キョウヤの言わんとする事は分かる。  ハルの心が焦燥感にまみれ膨らんでいる理由は、会って一言目に「お前は俺の永久の伴侶だ」と断言し、美しい笑顔を見せてくれたセナの事を思い出すからだ。  わけの分からない事を言いながら、腹を空かせたハルに様々な色の果実をもいで両手いっぱいに抱えて持って来てくれる。  痛むところはないか、この地に馴染めそうか、眠たくはないかと、世話焼きというより何かとお節介染みているセナに、本当は心を許したかった。  はじめは初対面のきらびやかな男と寝床を共にするなど嫌だと思っていたはずが、近頃はそうではない。  彼はハルの睡眠中まで傍に寄って来て、寝顔をひたすら見詰めている。 それに気付いた時はかなり怖かったけれど、そんなにも添い寝をしたいのかと思うとその必死さが可愛かった。 「せな様が、はる姫様と寝床を共にしたいと、願うあまりの暴走。 はる姫様はとっくに、許しておられますよね?」 「……俺は……」 「はる姫様は、照れていらっしゃる。 それだけの事」 「なっ……!」  ハルの使い人となったキョウヤは、心の惑いを見抜いていた。  ピラミッドの上位……限りなく長に近い場所にいるセナが、たった一人のためにたった一つの果実を採りに行くなど常軌を逸している。  ただ照れているだけだと誰が見ても分かるのだが、ハルに夢中であるセナはそれに気付かずきっかけを欲し、無茶な冒険に出掛けた。  ───はるとはもう、二度と離れたくないんだ。 最初で躓くと "永久の伴侶" が "永久の他人" になっちまう……それだけは勘弁なんだよ。  キョウヤとイツキにだけ吐露した、出発前のセナの本音。  セナの記憶とやらが本当ならば、二人は長い長い時を経ても愛し合う運命にあるのではないかと、くさい事を思ったキョウヤが背後の気配に振り返る。 「……行きましょう、ハル姫様」  話は聞かせていただきました、とイツキが悪びれず登場すると、ハルの華奢な肩に手を乗せ頷いた。 「せな様を、迎えに……?」 「そうです。 「どれだけ待たせんだよこの野郎!」……くらい、仰っていいかと」 「えっ!? そ、そこまでは言いません……っ」 「失礼いたしました」  声にドスを効かせ、眉間に皺を寄せて語るイツキにギョッとしたハルとキョウヤが、顔を見合わせた。  ここで話していても埒が明かないと思ったのか、この地での経験が浅い二人を連れて、キョウヤがひとまず塔の入り口までテレポートする。  三人は揃って見上げてみたが、特殊な素材で出来た灰色の塔は上へ上へと伸びていて、先がどうなっているのか、本当にその頂上から果実の実ったツタがあるのか、まったく分からなかった。 「……やはり下からですと頂上がまったく見えませんね」 「セナ様、どこまで、上がられているのでしょうか」 「………………」  キョウヤでさえ会得しているテレポートも容易いセナが、これだけハルを待たせているということは、非常に原始的な方法で自らの力だけを頼りに向かっている。  目的を失敗すると不思議な力も使えないまま失明し、二度とハルの姿を捉える事が出来なくなるのだ。  そんな危険を冒してまで、セナはハルに絶品と噂される果実を味わわせたかった。  胸で鼓動を打っていた頃から続くハルへの想いが、セナを突き動かしている。  今度こそ、永久に愛していたい……と。 「───俺、上へ行きます」 「……えっ? はる姫様が!?」 「それは無茶かと!」 「だって心配なんですもん! ここでせな様の帰りを待つだけなんて、……俺にはとても……っ」  キョウヤとイツキの仰天は、ほんの数秒間だけであった。  セナだけでなくこのハルも、一度言い出したら聞かない。 二人の頭の中に、あるはずのない記憶の断片がチラついた。  セナとハルは、いつもこうだった。  周囲に心配をかけるだけかけて、結局のところ雨降って地固まる。 「───お気を付けて」 「───お気を付けて」 「…………はい……っ」  声を揃えた二人に、ハルは迷い無く頷いて塔の中へと入って行った。

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