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☆セナ様とハル姫様のお話⑤

 黙々と、とにかくひたすら上を目指すしかなかった。  螺旋階段を一歩一歩と進んでいるハルの不安は膨らむ一方であったが、何故だか彼を追って動き出したこの状況に何の違和感も感じない。 「せな様……」  ハルには彼の言う記憶など少しも無いのに、「その瞳を覚えている」と言われて困惑した。 二度目の一目惚れをした、とも言われ、さらに戸惑いを覚えた。  けれどセナは、あまり感情を見せないハルにも優しく、手厚く、一心不乱に想いをアピールしていた。  立場を大いにフル活用はしていたが、いつの間にやら此処に辿り着いていたハルの大きな不安を取り除いてくれたのは、紛れもない事実である。  しつこい、鬱陶しい、想いが重たい、……そんな事を思っていたのは最初だけだ。  今はとにかく、会いたかった。  絶品の果実とやらはもう要らないから、早く帰ってきてと言いたかった。 「あ、……っ」  密閉空間で休みなく階段を上がっていたハルの視界が、突如として開けた。  ギリギリ足元が見えるかどうかの暗闇を歩いていたので、いきなりの眩しさに目がくらみ、瞳をギュッと瞑ってその場に立ち尽くす。  恐る恐る瞳を開けると、そこにはセナが語っていた通りの大きなツルが塔の頂上からにょきにょきと生えていた。 見上げてみても、先がどこまで伸びているか測れない。  それは塔の入り口で此処を測ろうとした感覚とよく似ていて、この世界の広大さと奇妙さをまざまざと思い知らされる。  知らない地では何もかもが怖いけれど、ハルのために危険を冒してくれたセナの想いを受け取るには、ハルも同じ境遇に立たなければその資格は無い。  どうやってそれを登るのかも分からないハルが、上空に目を凝らしながら濃い黄緑色の太いツルを掴んだその時、視界の先に何者かの足が見えた。 「…………っっ!! せな様!」 「───ッ、はる!? なんでここに……っ!? う、わ……、っ」 「せな様……!」  ハルの声に驚いて足を滑らせたのは、会いたかったその人だった。  遥か上空から降ってくるセナに、無駄だと分かっていながら両腕を広げて待つ。  落ちたところで痛くも痒くも無いと言っていたものの、多少の衝撃はあるだろう。  ハルは、嫌だった。  自分のせいでセナが苦痛を伴うなど、二度とやめてくれと叱りたい気持ちでいっぱいだった。  だがセナは、両腕を広げて今にも泣きそうなハルの隣にスッと難無く降り立つ。 「ふぅ、危なかったぜ」 「…………っ、せな様……!」  ハルはセナの腕を掴み、ニコッと微笑む懐かしくも幸福な表情を見上げて心の底から安堵した。  セナが無事で良かった。  セナに会えて良かった。  本当にセナは居るのだろうかと、どこまで続くのか先の見えない階段を諦めずに登ってきて良かった。  感極まったハルを抱き締めたそうにしている、セナの遠慮がちな肩組みを味わえて良かった。 「……見ろ、これが神が植えた絶品の果実だ」 「これが、……?」  セナから手渡されたのは、ハルの握り拳より一回りほど大きな、薄紫とピンク色の混じった何とも奇抜な果実であった。  そのままでも食べられるが、皮を剥いた方が食べやすいらしいとセナは説明し、ハルの手に渡った果実をクンクンと嗅いでいる。 「ここで食っちまうか? それとも……」 「か、帰りましょう! だって、……ご褒美、あげなきゃ……っ」 「よっしゃあ! 添い寝、許してくれる?」 「……はい、……俺なんかで良ければ」 「俺なんか、って言うな。 変わらねぇな」  笑いながら控えめに頭を撫でてくるセナの手のひらが、無性に嬉しい。  照れてどうしようもないけれど、この手のひらが恋しかった。  絶品の果実をもぎ取って来てくれた事もだが、無事に帰ってきてくれた事の方がハルには重要で、幾ばくもかけてハルのために動いたセナの気持ちが今ならよく分かる。  セナは、ハルに振り向いてほしかったのだ。  警戒心がなかなか解けないハルに、どれだけ想いが本気かを見せたかったのだ。  セナの記憶の中では、二人はラブラブだったのかもしれない。 けれどハルは何も覚えておらず、かつて愛していた者から避けられてしまう寂しさたるや相当なものであったに違いない。  それでもセナはくじけなかった。  「もう一度追い掛けられる」「また追いかける事になるが楽しみだ」と、信じられないほどのポジティブさで二度目の出会いを焦らずに楽しもうとした。  ハルに向けられるその真っ直ぐな愛情は、セナを追い掛けて今からツタを登って行こうとしたハルに確かに届いていた。

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