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☆セナ様とハル姫様のお話⑦
疲れきっていたはずのセナは、己の限界までハルを愛してくれた。
行為が終わると事切れたように美しい寝顔を見せ、ハルを抱き締めて離さない愛情表現が苦しくて嬉しい。
「───せな様……」
体はグッタリだが感極まってなかなか寝付けず、セナがそうしていたようにハルも飽きる事なく綺麗な寝顔を眺め、指で彼の薄茶色の髪を梳いた。
───目覚めたら、あの果実を剥いてやる。
眠りに付く前、セナがそう言っていた。
ここに実っているたくさんの果実も、様々に複雑な味でとても美味しく体内を潤す事が出来ているのに、 "絶品" と形容されるとは相当である。
セナと心を通わせ合い、過去を見てさらに想いは深まり、この先も永久に彼からの重たい愛を受け続ける事が出来ると思うと、絶品の果実へのワクワクよりもそちらの期待の方が大きい。
ハルに気持ちを伝えるべく危険を冒したセナの行動は、確かに実を結んでいた。
しかし、しばらくしてセナが目覚めると状況は一変する。
結果まったく眠れなかったハルの目の前で、セナが身動ぎした。
「おはようございます」と声をかけると、セナは起き抜けにも関わらず爽やかな笑顔で「おはよう」と返してくれた。
上体を起こし、肉食獣のように派手に伸びをしたセナの動きが、ピタッと止まる。
「……あ、あれ……? ……見えねぇ」
「え…………?」
瞳を開いたセナが、じわりとハルを見た。
冗談でしょ、と言いかけたハルの動きもピタリと止まる。 なぜなら、こちらを向いたセナの瞳が、薄茶色から灰色に変色していたのだ。
明らかにおかしな色味に、狼狽するセナを前にハルは息を呑む。
「…………はるが見えねぇ。 てか何も見えねぇ……!」
「う、うそ……、なんで……?」
手探りで触れてこようとするセナの掌を掴んだハルは、ある事が脳裏に浮かんでいた。
けれど、セナは何も失敗はしていない。
失明するのは目的を失敗した時だけ───と、セナは言っていたではないか。
困惑するセナには、瞳の色が変化している事は言い出せなかった。
ハルは、ただ抱き締めた。
頭二つ分は大きなその人を、力いっぱい抱き締めた。
不安そうにハルの名を呼び続ける、愛しいセナの一大事に頭の中がパニックだ。
「ハル姫様! ハル姫様!」
そこへ、ノックも無しに二人の寝室へ走り込んできたのはキョウヤだった。
勢いのあった開閉音に驚いた二人は、何事かと互いの体にしがみつく。
「ハル姫様っ、…………長が、……お呼びです」
「長……?」
「待て! 俺も行く!」
「申し訳ありません。 長より、ハル姫様だけを連れて来いと、仰せ使っております」
「…………ッ!」
「……参りましょう、ハル姫様」
ただ事ではない。 悪いことが起きそうな予感がする。
セナも、ハルも、何となくそんな気がしていた。
目が見えなくなったセナを寝床に残して来るのは忍びなかったけれど、キョウヤに腕を引かれたハルは鬱々と純白の廊下を裸足でヒタヒタと歩いた。
この地の長に会うのは初めてである。
広大な敷地には似たような館がいくつかあり、そのうちの一つがセナの所有物だ。
そして今向かっているのが、ハルだけを呼び付けた長の、一際巨大な館。
良い事は告げられない気がしていた。
まるで罪人を連行するように、キョウヤはハルの腕を掴んでいて終始無言である事も空気が重たい理由だ。
何より、昨日の今日でセナが失明した。
まだ絶品の果実を食べさせてもらっていないのに。 愛し合ったあとの「かわいー」を、まだ言ってもらえていないのに。
「はじめまして、君がはる姫か」
「……はじめまして。 はる、と申します」
「キョウヤは下がっていなさい。 セナの元へ戻ってやれ」
「はい。 畏まりました」
ハルの目の前で、金色のゴツゴツした椅子にどっしりと腰掛けている男は、かつてオオツカと呼ばれていた実力者であった。
キョウヤが立ち去ってしまった後、心細いあまり表情を曇らせるハルをジッと見据えたオオツカは、自己紹介など必要ないとでも言いたげに早速本題へと入る。
「さて。 単刀直入に言おう」
「………………」
「セナを失明させたのは私だ」
「…………ッッ!? ど、どうして……!」
「セナがうつつをぬかしているからだ。 はる姫、お前にな」
「……そ、そんな……! せな様はただ、俺を愛そうとしてくださっているだけで……!」
「この地でのセナの役割は、天国での神での任務と同等なほどに大役なのだ。 しかしはる姫がこの地へ降り立ってからというもの、セナは職務怠慢甚だしい。 此処でも秩序を保つピラミッドが存在する以上、セナの怠慢は他の者にも示しが付かないのだ。 愛し合っているのなら尚さら、お前たちの仲は許してやれない」
「………………ッ」
確かにセナは、ハルが此処へ来てからというもの何を差し置いてもハルを優先している。 その上、職務を放棄してハルのために幾ばくもかけて果実を採りに出掛けた。
怠慢だと言われても致し方ない。
しかしハルは、それが自らのせいであるならば己が何とかせねばと奮起した。
せめて、せめて───。
「せな様の目を、……っ、俺はどうなっても構いません! 目を治してあげたいのです……っ、俺は、せな様のためなら何でもいたします……!」
「ならば、私と取引をしようか」
「…………取、引……?」
仲は許してやれないと語った長が、二人の愛を試すかのようなその取引にハルはほんの少しだけ躊躇した。
だが、応じた。
セナの瞳に光が戻り、彼がこの地で後ろ指を差される事が無くなるのなら、……愛しているからこそ、ハルは───。
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