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第33話

食事と入浴を済ませ、自室に使っていた部屋へ行くと先に入浴を済ませた古志が笑って出迎えてくれた。 とても不思議な光景だ。 だけど、とてもしあわせな光景だ。 「先生の部屋って感じ。 図鑑も沢山ありますね。」 「僕の部屋でしたから。」 沢山の図鑑にハムスターの飼育本、アクアリウムの作り方、参考書の類い、大学進学迄を過ごした部屋は今も母親の手によって掃除をされているのかあの日のままの姿を保っていた。 お世辞にも勉強が出来た方ではないが、嫌いでもなかった。 今と同じでどっち付かず。 だけど、それでも教師になれたのだから良かった。 参考書より多くの図鑑が詰まった本棚から1冊を抜き取り、パラパラと捲る古志くんの隣に座ると自分と同じにおいがする。 香水ではなくて石鹸のにおい。 「ここで育ったんですね。」 視線は図鑑に落としたまま、ぽつりと聞こえた言葉。 噛み締める様な言葉。 その言葉に少しの寂しさと、愛おしさが込み上げる。 生まれ育った地も、歳だって一回り以上離れている。 お互い知り合う事すらなかった時代がある事がもどかしく、知りたいと願う。 いい歳した大人が我が儘ですか 女々しいな… 「ハムスターの本ボロボロ。 小さい頃から飼ってたんですか? 待って、これ先生? そっくり。 うわ、かわいー」 「随分懐かしいのですね。」 古志の手には、もさもさした髪の少年が笑顔でハムスターと写っている写真があった。 本に挟んであったようだ。 自分でもすっかり忘れていたそれは、ずっと挟まっていたせいか色褪せずに当時の色を写している。 僕がこの位の時に古志くんは産まれたのか… 「あの…、」 「ん? なぁに。」 「あの…、その……」 「うん。 ゆっくりで良いですよ。」 古志の言葉に、ひとつ息を吐く。 「沢山…古志くんの事が…、あの、知りたい……です」 「うん。 俺も先生の事が知りたい。 沢山知りたいし、俺の事も知って欲しい。」 甘い顔が近付いてきて、思わず肩を震わせると笑われた。 「帰ったら、沢山話そう。 沢山色んな事して沢山笑おう。 ね?」 「はい。」 その後も話をした。 図鑑を捲る古志くんの顔に睫毛の影が落ちていて、とても綺麗だった。 自分の丈の短い服でも格好良くて、ほんの少し困ったけど。

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