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監察日誌:決定的な失恋と唐突な脅迫事件6
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「レシートの脅迫状が届いてから、今日で10日目……目星すらつかないって、いったい――」
あれ以来、定時後と帰宅前の2回、コンビニに足しげく通っている。アヤシイ店員が多過ぎて、犯人がわかったもんじゃない。
わからない原因を作っているのは、俺のこの目つきの悪さ。会計中にじっと顔を見ると、揃って目を逸らすか、視線を落ち着きなく彷徨わせる店員たち。俺は怒って、見ているワケじゃないのに。ただ観察しているだけ、なんだが……。
うんざりしながら夕飯の入った袋を、店員から受け取ろうとしたときだった。
「いつまで回数増やして、日参するつもりなんですか?」
「ん……?」
そのセリフに、目線を店員に合わせた。癖の強い黒髪が印象的な、若い男性店員のぱっちりした二重瞼の瞳は、明らかに困惑の色を滲ませていた。
「俺としては、ありがたいんですけどね。微糖の君……」
「――君、だったのか」
まじまじと顔を見つめると、若い男性店員はちょっと俯いてから、
「あと20分でバイトが終わるんですが、お時間戴いてもいいですか?」
「ああ、かまわない。外に停めてある車で待ってる」
見つけた嬉しさをひた隠しにして袋を受け取り、車で待機をしていた。
解けなかったパズルが、なにかの拍子にあっさり解けてしまったような。1ピースだけ抜けていたジクソーパズルが、変なところから発見されて完成してしまった感じというか。そんな妙な達成感に、心が満たされてしまった。
「自分で見つけられなかったのはやはり残念だが、向こうが根負けしてくれて正直助かった」
流れているピアノ曲に合わせて鼻歌を歌っていると、助手席の窓がトントンと遠慮がちに叩かれた。運転席から助手席を開けてやると、漆黒の髪を揺らして嬉しそうに顔を覗かせる。
「失礼します……」
Tシャツにジーパン姿の彼が、おどおどしながら乗りこんできた。大学生くらいだろうか、矢野翼と比べると大人びている。
「話ってなんだ?」
俺は彼を見ず前を向いたまま、単刀直入で訊ねた。こちらを見ている視線を、痛いくらいに感じるから。
「あの名前……教えてください」
「自分の名前を名乗らんヤツに、教える義理はない」
「すみませんっ! 俺、伊東雪雄って言います。大雪の日に生まれたからって、名前に雪を付けられたんですよ」
安易ですよねと、嬉しそうに呟きながら教えてくれた。そこまで詳しく、説明しなくてもいいのに。
「伊東くんね。君、大学生?」
「はい、そこの大学の2年生です。えっと微糖の君の名前、教えてください」
「――関」
「関さん……下の名前は?」
助手席から、身を乗り出して訊ねる伊東くん。変に迫られているような気がして、危機感を覚えた。
「教えない……」
「どうして? 変な名前なんですか?」
「名前は普通だ。ストーカー相手に自分の情報を与えるほど、俺はバカじゃない」
警察関係者として、まっとうな返答をしてやった。
「店の中で見るくらい、いいじゃないですか。減るもんじゃないんだし」
「俺の中のなにかが、著しく減っている気がする。だから、あえて教えない」
横目でチラリと見ると、ポカンとした顔をして俺を見つめる。
「なんか意外……関さんって、子供みたいなトコあるんですね。かわいいかも」
漆黒の髪を揺らして、クスクス笑う。小馬鹿にされた感じがしたので、文句を言おうと口を開きかけた刹那、
「俺ね、2年前に関さんに助けられたんです。当時の彼氏にウザいって言われて、こっぴどく振られてボロボロになった状態で、仕事をしていたんです」
「へぇ……」
「その日、関さんはいつもどおり微糖の缶コーヒーを買いに来てて、俺がレジで受けてる最中に、横の棚からホットレモンも追加で買ったんですよ」
まったく記憶がないのは、2年前の出来事だからだろうか。
「お会計が終わって、それを袋に入れようとしたら、ホットレモンを俺に手渡してくれたんです。顔色が悪いからビタミンでも摂って早く治せって、店員の俺に言ってくれたんです」
「へぇ……」
「その言葉と優しさに、俺は一瞬で関さんに恋をしました。だけど関さんって見るからにノーマルっぽいから、俺が迫ったら間違いなく嫌われると思って。だから、ずっと見てたんです」
そして俺の左手を、握りしめてきた。細長い指が、俺の手を絡め取る。
「ずっと見てきたから、アナタの好きな人もわかりました。色白で背の高い、かわいらしい感じの人……たまにお昼を一緒に買ってましたよね?」
「ああ……」
嫌になるほど観察されている現状を知り、内心ウンザリする。しかもそのことに、まったく気づかなかった俺もどうかしている。
「彼を見つめる、関さんの目がすごく優しそうで、すごく羨ましかったです。だけど彼にはイケメンの彼氏がいますよね? しばらく姿を見なくなりましたけど」
「ヤツは不慮の事故で……亡くなったんだ」
「じゃあ、チャンスじゃないですか。関さん、彼にアタックしないんですか?」
なぜか伊東くんは興奮して、俺の肩をゆさゆさと揺さぶった。
「しないよ。彼には、新しい彼氏ができたから……」
「なんで、ぼやぼやしてたんですか。関さんならきっと、落とせたと思うのに。だから最近、元気がなかったんですね」
本当に、俺のことをよく見ている――しかもどうして、応援するようなことを言っているんだろう?
「どうして君はあのレシートを、俺によこしたんだ?」
「なんとなく……。関さんが自信をなくして、元気がない感じに見えたんです。そんなアナタを見てる人物がいるんだよって、どうしても知ってもらいたくて……」
「あのレシートのおかげで、失恋の痛手が半分以下になったのは事実だ。礼を言うよ」
横目で感謝を告げると、伊東くんは胸に手を当てて柔らかくほほ笑む。
「好きな人のしあわせは、俺の幸せでもあるから。良かった……」
「同じ、なんだな」
「はい?」
水野くんが他の人としあわせになってる姿を見て、俺が満足しているように伊東くんも同じことをしているのか。遠くから見守ることによって、静かに想いを燻らせて――。
「仕事柄、人を見るのが仕事だったから、まさか俺を見てるヤツがいるなんて思いもよらなかった。気づいてやれなくて、本当に済まなかった」
「それでもこうやって、俺を捜し出してくれました。さすがは警察官ですね」
「本当に、なんでも知ってるんだな」
「俺が叶わない恋をしてることもわかってます。だから……一夜限りでいいから、相手になってください……」
言うや否や、俺の首に腕を絡ませてきた。車内なので当然、逃げ場はない。俺は固まったまま動けずにいた。まるで自分自身を見ているようで、哀れで振り解けなかった。
「それできっと……関さんを諦められる……お願い、します」
「無理だ。一夜限りだろうと肌を重ねれば、想いは今以上に増すぞ……」
「関さん――?」
つらそうな顔をしている彼の腕を、そっと外した。
「俺だってこう見えても、いろんな恋愛を経験している。だからこそ、それが言えるんだ」
「……あの人には優しいのに、俺には冷たいんですね。名前も教えてくれず、夜の相手にもなってくれないなんて」
つらそうな顔をしてたと思ったら今度は、ふてくされた態度をとる伊東くん。その様子に、昔飼っていた黒猫を思い出した。コロコロ態度が変わって、見てるだけで飽きないかわいがっていた黒猫。
漆黒のサラサラな髪を揺らして、こちらを睨む姿に俺はほほ笑んでやる。
「俺はそういう人間だ。覚えておくといい」
「その意地悪は、誰にでも発動されるモノなんですか?」
「教えない……」
「だーっ! なんなんだよ、いったい。知りたいことがいっぱいあるのに、どうして教えてくれないんですか?」
「ストーカーに教える義理はない。と先ほど言ったばかりだろう?」
頭を抱えて俺を睨む伊東くんの姿に、笑みが絶えない。見た目、落ち着いた成年に見えるのに、いざ話してみると予想外の展開が待っていて。
告白されました、ありがとう。はい、終わり。って閉めようと考えていた。しかし、得も言われぬおもしろさに、つい引き込まれてしまった。
遅くなったからと車を走らせて彼を自宅まで送ったあと、俺はなぜか彼の自宅に上がり込んでしまったのである。
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