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監察日誌:生まれて初めての……2

***  仕事中、関さんからメールが届いていた。休憩時間に、じっくりとそれを読んでみる。 『明日親友の祥月命日なんだが、一緒に行くか? 行くなら俺の家に泊れ』  という内容のもので。もちろんすぐに、二つ返事でOKを出した俺。いつも通り、仕事が終わるのをコンビニ前で待っていてくれたんだけど。  助手席に乗り込んだ俺の目に映った関さんが、いつもの関さんじゃなく。すっごくやつれてて、疲れ切った感じに見えてしまった。 「こんばんは……。明日の休みをとるのに、かなりお仕事、頑張ったでしょ?」 「あ? まぁな。うん……」  しかも何だか、心ここにあらずみたいな感じ。体調でも悪いんじゃないだろうか。  信号が赤になるのを見計らい、そっとオデコに手を当ててみた。むー、熱はない。 「どうした、急に?」 「何か関さん、変だから。もしかして、体調悪いのかなって」 「俺はいつもと変わりない」  チラッと俺の顔を見て、すぐに前を向く。  運転中だから当たり前の行動なんだけど、どうも素っ気ない。俺、知らない間に地雷でも踏んでしまったかな? 「ねえ何か、関さんを怒らせるようなことでもしちゃいましたか?」 「いや……何もしてないぞ」  いやの後の間が妙に空いていて、余計に気になるんですけど。 「関さん、何か隠してるでしょ?」  よく考えたら、今日は2月14日のバレンタインデー! もしかしたら関さん、すっごい美人に愛の告白でもされて、チョコを受け取ってしまったとか!? それを隠すのに、きょどっている可能性大かも。  運転している関さんの体に、遠慮なく詰め寄って、顔をじっと見つめた。途端に眉間にシワを寄せ、目の下を赤くさせる。 「やっぱり関さん、チョコ……」 「どうして分かったんだ。お前はエスパーか?」  ちょっと照れたような表情と一緒に、困った顔を滲ませて俺を見る。 「だって――」  惚れた欲目じゃないけど、関さんは俺には勿体なくらい格好いい人なんだ。好きだとかは言葉にしないけど、たまに心臓をぎゅっと鷲掴みされるような行動をして、俺を翻弄させたり。  見た目クールで淡白そうなのに、一度火がつくと、とことんまで俺を追い詰める。そんな関さんが俺は大好きだから、女だろうが男だろうが渡したくない!  下唇を噛んで、俯いた俺の頭をそっと撫でてから、 「まさか強請られるとは、思ってなかった」  困った表情を浮かべたまま、たどたどしく口にして、内ポケットから小さな真四角の箱を取り出し、俺の手に強引に握らせた。その後すぐさま車を、路肩に停車させる。 「ハッピーバレンタイン、雪雄。俺の気持ちを受け取って下さい」 「関さん……?」  ハンドルに顔を埋めて顔が見えないように、隠しながら告げてくれた言葉。 (――ちょっと何だよこの、すっごいサプライズは!)  喜びで体が、わなわな震える俺――手渡されたチョコレートを震える手で、何とか握りしめた。 「関さんさ、前に自分は弱虫なんだって言ってたよね」 「ああ……」 「弱虫な人はこんな風に大胆に、チョコなんて渡せないと思う。汚名返上だね」 「でも俺は、しっかりお前の顔を見てこの台詞を言おうと、直前まで考えていたんだ。やっぱり――」  ハンドルから顔をちょっとだけ上げて、済まなそうに俺の顔を見る。 「チョコを貰って、一緒に愛の言葉を直接聞けただけで、俺は十分に満足です。有難う関さん」 「そうか……良かった」  ひと仕事を終えたみたいに、安堵のため息をつく。 「まさか関さんから、チョコを貰えるなんて思ってなかったから、すっごいビックリしちゃった。てっきり美人からチョコを貰って、対処に困ってるのかなぁって思ったんだ」 「美人かどうか不明だが、貰ったのは確かだ」 「うそっ!?」 「朝来たら監察室の前に、勝手に積まれてた。毎年のことだがな」  返事もしてないし、安心しろと付け加えて、俺の頬を撫でる、大好きな関さんのごつい掌。  ずっと、ドキドキが止まらないよ―― 「俺の二の腕は、お前のふっくらした体を支えるので、まさに手いっぱいだからな。変な心配をしなくていい」 「もう……そんな俺の体が好きなクセに。意地悪ばかり言うんだから」 「困ってる顔が、好きなんだ。しょうがないだろ」  メガネの奥の瞳を細めて、優しく俺を見つめてから、熱い口づけをくれた。  俺はそれだけで、どうにかなってしまいそうで。お互い、シートベルトをしたままだというのに、そんな障害も今の俺たちには無意味―― 「ね、関さん。ベットで一緒にチョコ、食べようね」 「甘い物が苦手なのに、食べさせる気か……」  途端に険しい顔をする。 「俺だって、甘いの苦手だっていうのに、関さんがチョコをくれたんじゃないか。責任とってよ」 「責任、ねぇ……」 「チョコの甘さを忘れさせるくらい、関さんの甘さで俺を蕩けさせて下さい」 「こんなところで、そんな風に強請るな」  険しい顔が、照れた顔に変身。この人のこういうトコ、好きなんだよね。 「この間みたく、俺の中に関さんを刻みつけて欲しいから。離れていても、思い出しちゃうくらいのヤツ」 「まったく……////」 「だけど目立つトコにキスマーク、付けちゃダメだよ。浅黒い俺の肌でも分かるくらいの付けちゃう、関さんの情熱は嬉しいんだけどさ」  同じゼミの女の子に指摘されて、照れてしまったのだ。 「注文が多いな、雪雄は」 「そんなトコも、好きなんでしょ?」  上目遣いをして覗きこむと顎を引いて、ウッと詰まる。俺の視線を逸らして、運転席にしっかり座り直すと、勢いよくアクセルを踏み込んだ。 「ご注文承りました。これから早急に帰宅しますので、しっかり掴まってて下さい」 「はぁい!」  俺は改めて助手席に体を埋め、関さんの横顔を眺めた。これから行われるであろう色めく宴に、胸を弾ませながら。

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