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監察日誌:親友の墓参りから
「実際に見た印象と、関さんから聞く山上さんの印象、かなりズレがあるなぁ」
お墓参りに行く道すがら、雪雄は不思議そうな顔をして、俺を見上げた。雪雄が手に持っているマーガレットが、清楚な雰囲気とマッチしていて、見るだけで目が癒される。
「ヤツは黙っていれば良い男なんだが、我を通すためには、手段を選ばんからな」
「え~、ジェントルマンな感じに見えるのに、関さん並みにワガママなの?」
「何だそれは。俺に喧嘩を売ってるのか?」
「そうかぁ、類は友を呼ぶんだね」
俺の質問をスルーして、勝手に完結する雪雄。最近いつも、こんな調子である。
山上の墓前に差し掛かった時、誰かが拝んでる姿が目に映った。背が高く、がっちりとした体型。死という言葉が似合いそうなくらい、何かを頼み込んで拝んでいるようにも見える。
「ねぇ、山上さんのお墓ってあそこ? 誰かいるみたいだね」
そっと指を差して、俺に確認する。
彼は確か、警察学校にいるはずの人間なんだが、墓参りのためだけに、わざわざ出てきたんだろうか?
俺たちが山上の墓前に佇むと、ゆっくり振り返った矢野 翼。
「山上の祥月命日のために、わざわざ学校を出てきたのか? 矢野 翼くん」
挨拶をすっ飛ばし、とりあえず疑問をぶつけてみた。
「うわっ! み、水野さんの未成年の彼氏さん!?」
雪雄が驚いて発した言葉に、矢野 翼はギョッとした顔をした。頼むから、この場を混乱させないでくれ――
「えっと、ビックリさせちゃってごめんね。このメガネの人は、水野さんの上司みたいな人で関さん。俺は付き添いで来た、伊東って言います」
「ああ、マサ……じゃなかった、水野からよくお話を伺ってます。すっごくお世話になってるって」
「昨日も朝一番でやって来て、君から貰ったチョコを自慢していたぞ。悶え死にそうな勢いだった」
「ぶっ! 何やってんだよアイツ……恥ずかしすぎんだろ……////」
右手を口元に当てて、目もとを真っ赤に染めた矢野 翼。この姿を見たら、水野くんは昨日以上に、身悶えるだろう。
「あの、スミマセン。学校の件でしたよね。俺の親父が一昨日ぶっ倒れまして、急きょ実家に帰って来たんです。原因は過労だったので、今日午後一で戻ることになってます」
「そうか、大変だったな」
「いや、俺としてはラッキーだったかな、と。偶然とはいえ今日ここに、来られたんだから」
「水野くんの代わりか。今日は泊まりの仕事だから」
矢野 翼は山上の墓前を見上げ、寂しそうに微笑んだ。
「水野には、こっちに帰って来てることを言ってないんです。心配掛けたくないから……なのでこの件、ナイショでお願いします」
ペコリと頭を下げた彼に、俺は頷いた。
「水野さん、俺にいつも自慢してるんだよ。俺の翼はカッコいいんだって。自慢するだけのことあるの、実際見て分かった気がした」
「え……//// えっとあの、水野のヤツは、元気でやってるみたいですね」
雪雄の言葉に、さっきよりも顔を赤くさせ、視線をあちこちに彷徨わせる。
「マサのヤツめ、帰ったら電話で、厳重に抗議だな……」
「しょうがないじゃないか、そんな君に水野さんは首ったけなんだから。君の存在が、彼をいつも笑顔にしてるんだよ」
「伊東さん……?」
大きな体をすぼめて、照れながら雪雄を見る。
「水野さんはね、俺の憧れの人なんだ。彼が君を想うように、俺もこの人のことを強く想って、支えていければなって。ね、関さん」
突然話を振られて、固まってしまった俺。矢野 翼同様に照れてしまった。
「おふたり、仲が良いんですね」
「水野さんと同じことを言われた。嬉しいね、関さん」
そう言って、俺の左腕に右腕をしっかり絡める。雪雄の言葉にどう返せばいいんだ?
「よく見ると君ってさ、どことなく山上さんに似てるね」
「どこが似てるんですか? 写真見たけどあっちの方が断然、格好良いじゃないですか」
「何て言ったらいいのかな? ねぇ、関さん」
何かにつけて、俺を喋らせようとする雪雄。まったく――
「まとってる雰囲気とか、すべてを包み込むような眼差し……か」
「それ、前にデカ長さんに言われました。俺には、さっぱりなんですけど」
「水野くんは、ピンクのウサギくんだからな。ふわふわピョンピョンしてるから、誰かしっかりしたヤツが捕獲しておかないと」
「あはは、その表現ぴったり。ウサギの耳、めっちゃ似合いそう。可愛いんだろうなぁ」
クスクス笑う雪雄に、複雑な表情を浮かべた矢野 翼。
「マサが、ピンクのウサギって……俺は微妙だと思う」
俺も同意見なのに、雪雄はやはり山上寄りの感覚なんだな。
「あの俺、これで失礼します。電車の時間があるんで」
「ああ。気をつけて帰れよ」
「じゃあね。今度会った時は水野さんの面白い話、教えてあげるから」
「はい、楽しみにしてます。それじゃあ、失礼します」
俺たちに一礼してから、もう一度墓前に向きを変え、しっかり拝んでから立ち去った。
雪雄は手に持っていたマーガレットを、先に供えられている白いバラに合うように、アレンジしながら差していく。
「翼くん、見た目以上に、しっかりしたコだね。水野さんが惚れ込むのが分かる」
「年上の水野くんが、もっとしっかりしないといけないのにな。だから、バランスがとれているのか」
「俺と関さんは彼の目に、どう映ったのかな? もっと詳しく、聞いてみればよかった」
残念そうに言って立ち上がると、俺の隣に並ぶ。俺が山上の墓前に向かって、拝もうと手を合わせたら、
「山上さん、初めましてじゃないけど、関さんの彼氏の伊東 雪雄って言います」
突然喋り出す姿に、以前同じように矢野 翼が墓前に向かって、恥ずかしいことを言ったのを思い出した。
「ここまで来るのに、ホント苦労したんですよ。関さん素直じゃないし、奥手だし」
「ちょ、止めろよ雪雄」
俺は慌てて周囲を見渡して、素早く安全を確認した。
「言いたいことがあれば、心の中で言ってくれ。落ち着いて、拝んでいられないじゃないか」
「ほらね。すっごい照れ屋さんなんだよ、って山上さん親友だから知ってて当然か」
来た時同様に、俺の苦情をスルーする。
「昨日ね、関さんからチョコと一緒に、気持ちを聞けたんだ。俺、それがすっごく嬉しくて。 苦手な甘いモノ、克服出来たかも」
「おい、こらいい加減に」
「関さんはどんどん進化してるのに、俺は止まってる気がしてならないんだ。自分の気持ち……迷惑を考えずに、どんどん関さんに押し付けてるかもって」
「雪雄?」
困惑した綺麗な横顔をじっと眺めると、視線を合わせて寂しそうに微笑んだ。
「俺は関さんの重荷になってない? 最近、それが不安でならないんだよ。嫌われたくないから」
「確かに。昨日抱きあげたとき、体重が増えたなぁと感じた」
「やだっ! そんな風に思ってたの? リアルに凹むんだけど」
顔を真っ赤にして、俺の体をポカポカ叩く。
「対等でありたいと思う気持ちは分かる。だがな、お前が思ってる以上に俺は、しっかりお前を想ってるんだぞ」
「本当に?」
「ああ。俺は仕事柄、疑うことから人を判断しなければならないんだが、雪雄のことだけは、最初から信じられた。真っ直ぐ俺に、ぶつけてくれたじゃないか」
叩いてる両手を瞬時に掴んで、グイッと自分に引き寄せた。
「だってそれは、関さんに知ってほしかったから。こんな俺じゃあ、関さんと釣り合わないかもしれないけど」
「釣り合う、釣り合わないじゃない。お前がいるから……傍で支えてくれてるから、俺は俺でいられるんだ」
「俺のお陰?」
「そうだ。だから汚名返上が出来ただろう」
雪雄の背中を、ゆっくり撫でさすってやる。雪雄は肩に額を乗せて、俺の体に腕を回した。
「おんなじなんだね。俺も関さんが支えてくれるから建築の勉強、頑張れるんだよ」
「そうか……」
「いつか俺がデザインした家に、ふたりで住みたいって考えてるんだけど、どう思う?」
「どう思うって、それって……」
――まるでプロポーズみたいじゃないか。
肩から顔を上げて俺の顔を食い入るように、じっと見つめる雪雄。頬がじわじわと、熱くなるのを感じていた。
「関さん……?」
「俺が気にいるデザインなら、住んでやってもいい……と思う」
「分かったよ! 俺めっちゃ頑張るから。たくさん勉強して、関さんが気にいるようなのを作るから。だから絶対一緒に住もうね」
素直に住むと言っても、そうじゃなくても。雪雄はきっと頑張るんだろう。俺が見込んだ男、なんだから。
――そう思うだろ? 山上……
雪雄に抱きつかれながら、そっと山上の墓前に視線を向けた。
「さて、未来の輝ける建築家さん。この後の予定は、どういたしましょうか?」
頭を撫でながら、訊ねてみる。
「今日は一日、お前の行きたい所に連れて行ってやる。久しぶりの休みだからな」
「本当にいいの? 疲れてない?」
自分のことよりも、まず俺の体の心配をしてくれる優しい雪雄。
「しっかり健康なのを、昨夜お前が確認してるだろ。今更、年寄り扱いするな」
雪雄の体から腕を離して、背中を思いっきり叩いてやる。
「いった! ちょっと絶対背中に、モミジ付いたよ。関さんと違って俺は、デリケートなんだからね」
「打たれ強くならなきゃ、社会でやっていけないぞ。それで、どこに行きたいんだ?」
「あー……ちょっと遠めなんだけど、お洒落な作りをした、レストランがあるんだ。ここに行ってみたいなって」
雪雄はスマホを取り出して、お店のサイトを見せてくれた。
「ん、その距離なら余裕だ。行くか」
「有難う、関さん。お昼おごるから、俺」
嬉しそうにはしゃぐ姿を見て、俺も同じように心を躍らせた。雪雄と一緒にいるだけで、何てことない日常、すべてが楽しくなる。
「さて最後にしっかり拝まないと、山上に祟られるな。雪雄も拝みなさい」
「はぁい」
しばしの静寂のとき――俺は変われただろうか、山上。臆病で弱虫だった俺は、雪雄と付き合えて少しずつだが、強くなっている気がする。
こんな俺を見て、
『バカだな。恋愛ってそういうものだよ』
なぁんてお前なら、きっと言うんだろう。
隣にいる雪雄を、そっと見てみたら俺の視線に気がついて、不思議そうな顔をした。
「お前の家、楽しみにしてるからな。本当に」
「うっ、今からすっごいプレッシャーなんですけど」
「変なの作るなよ。俺はウルサイ男なんだ」
そう言って雪雄の手を掴み、さっさと駐車場に向かった。今から車を飛ばせば、お昼頃までには店に着きそうだったから。
「今日の関さんって、いつもより大胆だね。一体どうしたの?」
掴んだ手を握りしめながら、嬉しそうに訊ねてくる。
「野暮なことを聞くんだな。察しろ」
「察してるけどさ……そこはあえて、関さんの口から聞いてみたいんだよ」
「ワガママは、夜しか受け付けません。ご了承ください」
「もう! ケチなんだから」
文句を言いながらも、口元はほころんでいる雪雄。その唇に目がけて、キスをしてやる。お前には、ずっと翻弄されっぱなしなんだろうな。
「雪雄と一緒にいると、楽しいよ」
これから先、何が待っているんだろうか? 俺には予測不能な出来事が大きな口を開けて、待っている気がする。
まさかとは思うが全面ピンクをあしらった家なんて、建てたりしないよな……それとも、白黒パンダ色とか?
「俺も、関さんと一緒にいると楽しいよ。イマジネーション刺激されまくり」
ふふふと、笑いながら言う。
今後刺激的な発言と行動を控えなければ。内心そう思いながら、雪雄の手を引っ張って、ゆっくり歩いた。
ふたりの輝ける、未来に向かって――
【了】
※その後のふたりのお話が短編で【恋を奏でる爪音】に掲載されております。一緒にお楽しみ頂けたら幸いです。最後まで閲覧、ありがとうございました。
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