30 / 38

恋を奏でる爪音:歌会

「ただでさえ暑いというのに、わざわざ大勢を集めて清涼殿で歌会とは。そんな催しせずとも権力は帝のものだということくらい、分かりすぎるくらい分かっているというのに」  うんざりしながら、右大臣である父の隣に座った。 「こらこら、滅多な事を言うものじゃない。帝の耳に届いたらどうするんだ?」 「さぁ」  本来なら父の後を継ぐべく片腕として仕事に精進しなければならない。しかしあの帝に振り回されると思ったら、全くやる気が出なかった。  故に雅楽寮の責任者として、楽筝等の雅楽に携わっている。そんな雅な毎日が、自分には似合っていた。  誰かを想いながら音をゆったりと紡いでいく。例えそれが、相手の心に届かないと分かっていたとしても。 「選出された和歌の中に、あの水野宮親王も入ってるそうだ」  殿上人は全員の出席を義務付けられており、お題を決めて作るように言われた和歌を予め提出させられる。その中から優秀な作品を帝の御前で披露するのが、今回の歌会の趣旨だ。  人々のざわめき声がして、視線が一斉にそこに集中した。廊下を渡ってくる水野宮親王が歩いてくる。帝の後継者候補として名高いため、自然と人の目を集めていた。  自分の身分に比べてほど遠くあらせられる上に、ずっと恋焦がれていたお方だった。  そしてすべての殿上人が集まったところで、面白くなさそうな表情を浮かべた帝が玉座に姿を現した。一同が平伏すと、張りのある声で皆に告げる。   「よく集まってくれた。面を上げよ」  言いながらその場に腰を下ろして、自分よりも下座にある顔をそれぞれ眺めていく。突き刺すような視線を目を逸らして一同やり過ごす中、司会である大納言が咳払いをした。 「お題は『蛍』でした。その中で最も優れたものは、水野宮様のものでございます」  その言葉に会場がどよめいた。 「ふぅん。他の者が選ばれないところを見ると、たいしたことがないのであろう」  実の息子が選ばれたというのに帝は冷たい言葉を言い放ち、関心がなさそうに頬杖をつく。そんな姿を水野宮親王は一瞥して立ち上がり、視線を遠くに飛ばした。  宮様の視線の先にいる人物に嫉妬していると、澄んだ声で和歌が披露された。 「夕されば 蛍よりけに燃ゆれども 光見ねばや 人のつれなき」 (夕方になると自分の想いは蛍よりも燃えているのに、光が見えないのか、あの人は素っ気ない)    披露された和歌に、あちこちから声があがった。 「どこぞの姫君でしょうなぁ。水野親王のお心を和歌にするほど、悩ませておられる方は?」 「水野親王がお慕いしている姫君、大層気になりますなぁ」  詠み終えた水野宮親王は、はじめに見た場所に再び目をやってから静かに座った。ぼんやりしながらその場所を見ると、予想通りの人物を発見したせいでさらに胸が痛んだ。 「……宮様の家司(けいじ)翼の君――」  水野宮親王の身の回りの世話をする、家司の翼の君。ふたりはまだ恋仲ではない。傍からみれば、互いを想い合ってるのは一目瞭然だった。  先ほど披露した和歌も、翼の君に向けられたものだろう。いい感じですれ違っている内容をうまいこと表現しているからこそ、察することができてしまう。  想いを告げる事も行動に移す事もできない、弱い自分がここにいる。だが宮様の穏やかなお顔が見られるのなら、翼の君の背中を押してやろうと考えた。

ともだちにシェアしよう!