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無意識に、撫でてくれてる手に頭を押し付けてしまってたらしい。
スッとその手が控えめに離れていく。
「ぁ……」
(やだ、もっと撫でて……)
離れていく手を目で追って。
「!!」
(っ、しまった……!)
そうだ、ここは学生寮。
屋敷じゃない。
(俺いま絶対変だった、どうしよう…っ)
さぁぁっと血の気が引いていく。
「ぁ、あのっ、すいませーー」
フワリ
「え……?」
両手で、優しく両頬を包まれた。
「大丈夫ですよ? 小鳥遊 くん。
大丈夫、大丈夫ですから…」
優しげな顔で微笑まれて、今度は頬を撫でてくれて。
(ぁ……)
その人の手に自分の両手を重ねて、目を閉じる
あったかい、な………
(ハル……)
暫くそうしてくれて、ゆっくりと手が離された。
「さぁ、もう大丈夫でしょうか? 小鳥遊くん」
「ぁ、はいっ。その、すいません……」
(うわぁ、初日から俺何してんだろう)
かぁぁっと顔が赤くなって、クスクスと笑われてしまう。
「それでは改めまして、ようこそ学生寮へ。
私は寮監の櫻 と申します。寮で何かありましたら私に何なりとお申し付けください」
「は、はぃっ。初めまして、僕はーー」
「小鳥遊ハルくんですね。本日到着されると連絡を受けていました。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそっ、お世話になります」
綺麗に頭を下げられ、同じくペコッと頭を下げる。
「クスクスッ、頭を上げてください。
長年こちらで寮監をしていますが、お世話になりますと頭を下げられたの初めてです。手持ちの荷物はこれだけでしょうか?」
「はい、そうです」
「かしこまりました。
それでは、部屋まで案内いたしますね」
ゴロゴロと櫻さんが荷物を押してくれて、それにもお礼を言いながら着いて行くと優しく微笑まれた。
「この学生寮は1階と2階が1年生、3階と4階が2年生、5階と6階が3年生、そして7階が生徒会や風紀・特待生などのフロアとなっています。
寮の中央と奥にエレベーターがありそれに乗って自由に行き来できますが、基本的に自分の学年以外のフロアで降りることは禁止です。
1階には、寮監室や救護室もあります」
「はい」
「談話スペースは中央エレベーターの隣にあり、消灯時間まで好きに使うことができます。
パソコンやコピー機などもそこにあるので、自由に使ってください」
「わかりました」
(うわぁ、何でも揃ってるんだなぁ…流石……)
そのまま櫻さんの話をつらつら聞いてると、ピタッとその足が止まる。
「こちらが、小鳥遊くんの部屋ですよ」
「え、ここですか?」
(まだそんなに歩いてない)
玄関に近いんだなぁ…と思っていると、クスリと微笑まれた。
「小鳥遊くんは生まれつき身体が悪く、あまり家からも出られなかったと聞いています。今日はここまで来るのも大変だったでしょう。
これから毎日ここを歩かなければならないので、少しでも近い方がいいかと」
1階の107号室。
目の前にはエレベーターがあって
直ぐそこに談話スペースもあって
そして、玄関から近い。
(櫻さん…ハルのこと考慮してこの部屋にしてくれたんだ……)
「……っ、有難うございます!」
素直に嬉しくて、また頭を下げる。
「ふふっ、顔を上げてください小鳥遊くん。当然のことをしたまでですよ。気に入っていただけて良かったです。
それでは、カードを渡しますね」
淡い緑色の107と書かれたカードが、櫻さんのポケットから出てきた。
「1年生は緑と決まっていますが、小鳥遊くんのカードは他の生徒とはやや違う淡い緑色です。体調を考慮して、万が一何かあった時の為に学校の保健室や寮の救護室などを開けることができるようになっています。
失くさないように、気をつけて」
部屋へは、カードをこのようにセンサーにかざしてください。
櫻さんの手がカードをセンサーにかざすと、ピッといってカチャッとドアが開く。
(うわぁ……お金持ちは違うな………)
呆然としていると、またクスクス笑われた。
「食堂などでもこのカードを使いますよ。そちらは、新しく出来るお友だちやウェイターに聞いてくださいね」
「は、はいっ」
(今さらっと凄いこと聞いたけど食堂にウェイター!? まじか……)
「どうぞ」とドアを開けてくれる櫻さんにまたお礼を言って、部屋に入る。
「残りの荷物も時期届くと思います。届いたらまた連絡いたしますね」
「分かりました」
「それとーー」
パタン、と櫻さんも一緒に入ると部屋のドアが閉まり
そのまま、櫻さんは玄関で片膝をつきながら俺の手にカードを握らせてくれた。
「ぇ、と、あの……?」
「このカードは、私のいる寮監室も開けることができます。もし体調が悪くなくても、さっきみたいに不安になったり心細くなったりしたらいつでも訪ねてきてください。
………ね?」
(ぁ……)
心臓がぎゅーっとなって、泣きそうになる。
(今日の俺、何か変だ)
悲しくなったり、嬉しくなったり。
今まで誰かに優しくされるなんて
こんなに気にかけてもらえる事なんて
ハル以外にはなくて。
櫻さんのこの言葉はハルに向けてだけど
でもハルの中の俺に向けて言ってくれたような
そんな気がして。
「っ、ぁりがと、ござい、ます……」
お礼の言葉が、少しだけ、震えてしまった。
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