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ザワッ!!
瞬間、食堂の空気が一気に変わり、あちこちから悲鳴のようなざわめきが聞こえる。
イロハとカズマも、呆然と俺たちの方を見ていて。
(あぁ…2人には先に伝えとくんだった……)
あと佐古にも。
今更遅い、か………
ごめんね、後でちゃんと話すから。
(しっかし、)
俺の肩を抱いてる奴を見上げると、周りの混乱を満足そうに眺めていた。
(こんなに顔が整ってて文句の付け所がない奴なのに、中身が駄目なだけで見え方が変わるもんだなぁ)
中身を知っている今、こんなに近くで見ているのに初めて見た時のようなあの衝撃は全く無くて。
寧ろ
(はぁー呆れた…小さい奴だなぁ………)
「……ん? 何だ、俺の顔に見惚れたか?」
(アホかこいつは)
「ククッ、見てみろよ。みんなパニクッて俺らを見てるぞ。
ここは誓いのキスでもしとくか?」
………へ、?
「え?」と思った時には、既に顎をクイッと上に挙げられ、あいつの顔が目の前にあって。
「ーーーーっ!」
ドンッ!!
「っ、おっ……と、
ーーへぇ、やってくれんじゃねぇか」
(ーーっ)
気がついたら体が動いてて、思いっきりあいつを突き飛ばしていた。
「なんだぁお前、この俺からのキスを拒否しやがって。それでもてめぇ婚約者か? あぁ……!?」
シィ……ン………
あいつを怒らせたことによって、また食堂は静まり返ってしまった。
みんな自分たちにとばっちりが来ないようにと物音たてず、ただひたすらにじぃ…っと俺を見てる。
(………あれ? 何でだろう)
今、痛いくらい視線が集まってて、もの凄くまずい状況の筈なのに。
(心が…凄く落ち着いてる、今)
何で、こんなに視線が痛いと思わないんだろう。
何であいつを突き飛ばしたのに、こんなに心が落ち着いてるんだろう。
突き飛ばした自分の両手を見つめる。
(嗚呼、そうか)
ーーハルの為だからだ。
俺はハルの為なら何でもできて、どんな事でも我慢できて。
だから、今ハルの俺に会って早々見せ物の様にキスをされるのが嫌で、それで怒ってて。
(あぁそっか、ハルの為だからもう視線も怖くないのか。 あいつを突き飛ばしたことにも満足してるんだ、俺)
そっか、そうなんだ……やっぱり凄いや、ハルは。
クラス分けの時や食堂に入る時みんなから向けられる視線に緊張していたのが、既に懐かしく思えてくる。
(ハルが心の中にいるだけで、俺何でもできるよ)
「おい、お前なに上の空なんだよ……!」
「ぁ、」
イラついた声が聞こえきて、改めて静かにあいつの方へ目を向けた。
(ーーよぉ、初めましてだな。 龍ヶ崎レイヤ)
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