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「あ?」 「ふふ、んーん、何も。 ………そうだね、確かに僕は急いでるよ」 抱きしめていた身体がゆっくりと離れていき、ハルと目があう。 「だって、僕、初めてなんだもん」 学校・寮・学食・生徒会・親衛隊・友達・先生・授業・誰かとの何気ない会話…… 全部が全部。 「初めてなんだ」 だから、置いて行かれないように、迷惑がかからないように付いていくのでいっぱいいっぱいで。 「僕もここに来るまでにちゃんと学校の事は調べてたんだけど、生徒会と親衛隊の事は全く予想してなくて……」 それで、ついてんてこまいになってしまった。 「あはは…焦り過ぎちゃいけないっていうのは分かってるんだけど、人が待ってるって思うとつい焦っちゃうよねぇ…… それに僕、出来るだけ皆んなの思いに応えたいんだ」 「応える?」 「うんっ。僕と話したいと思ってくれてる人たち・僕を選んで親衛隊に集まってる人たち・僕を生徒会へ推薦してくれた先生方…… そんな、期待してくれてる皆んなに『僕で良かった』と思って貰えるように、僕は応えたい」 (ーー嗚呼) 本当、こいつはこの課せられたプレッシャーの中、何処までも真っ直ぐにシャンと立っている。 (眩しいな……) ーーーー違和感なんて、何一つ無かったんだ。 ただただこいつが真っ直ぐすぎて 驚くほど純粋なだけだった。 (ったく…本当クソ真面目な奴……) 「こ、今回の事はイレギュラーだったけど……でも、きっと乗り越えてみせるよっ。勝負だからね!」 (何の勝負だよ) おし!と手をグッとするハルに、自然と笑みがこぼれる。 「ぁ、で、でもねっ? これからはもう急がないように気をつけるよ? やっぱり一度に2つも3つもやるのは危険だよね。一個一個丁寧にしていくねっ」 「ククッ、あぁそうだな、そうしてくれ。それとーー」 ポン 「お前はもう少し、周りを頼れ」 頭に手を置き、クシャリと髪を撫でる。 「これだけのタスク量1人でやるのは、普通の奴でも一苦労だ。それをお前だけでこなすのはきつい。しかもこれぐらいのペースで物事が次々起きてたら、お前いつか倒れるぞ? もっとペースダウンして、ゆっくりやっていけ。いいな?」 「ぁ、は、はぃっ」 「タスクをひとつひとつ見てみろ。関係性のある人間がいるだろ? 親衛隊なら隊長や副隊長。生徒会なら会長や他の役員たち。授業なら先生。友人関係は丸雛たちがいる。もっとそういう奴らを頼っていけ。 お前は、1人で全部抱えず〝人に頼る〟という事を覚えたほうがいい」 「はぃ!」 ビシッ!と敬礼するハルにクツクツと笑ってしまう。 「それにーー」 「……?」 「これからは、俺も学校いるから」 「……ぇ、」 このタスク量に立ち向かうこいつを見て、思った。 〝俺は、いつまで逃げてるんだろうか。〟 (俺も、いい加減にこの学園と向き合っていかなきゃな) こいつがこれだけ頑張ってる中、俺だけがのこのこ外に逃げてんのは性に合わねぇ。 (これからは……まぁ、行っても土日だな) 「佐古くん、これから学校いるのっ?」 「あぁ」 「朝も昼も夜も、毎日?」 「あぁ」 「学食も、移動教室でも一緒?」 「あぁ一緒だ。ついでにお前の生徒会室までの送り迎えもしてやるよ」 「………え」 「こんな事されたんだ。少なくとも事が片付くまではしてやる。 どうせ言わねぇんだろ今回の事、誰にも」 だから保健室は嫌だったんだろ? 「……もーほんと、佐古くんには隠し事できないや」 「ったく… 同室なんだからもっと頼れ。いいな」 「ふふふ、うんっ。 佐古くん有難う」 (礼を言うのは俺の方だ) 俺も、今回の事でやっと一歩進む決心がついた いい加減に自分と向き合う、決心が。 (ま、は着崩したままにしてやるがな) 「さてっ!っと……うん、もう大丈夫そうだっ。 僕ちょっとシャワー浴びてきていい?」 「おー、行ってこい」 「ありがとー! 行ってきますっ」 パタパタパタ…と小走りに去っていくあいつの背を見送って、俺はソファに寝転がった。

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