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sideレイヤ: それは、たいしたものじゃないもの
ピッ
ガチャ
「ぉ、お帰りなさいっ」
「……おぉ」
(帰ってなかったか)
ぴったり1時間。
俺としては、まぁ完璧だな。
「何やってたんだ?」
「ぇ、と…お茶飲んでました……」
「ぷはっ、お前本当に俺が言ったことするのかっ」
「なっ、~~っ!」
顔を真っ赤にしてソファに座ってるあいつにクククと笑って、その隣に座った。
「お疲れ様です、会長」
「ん」
すかさずテーブルにコトリとお茶を置かれる。
「本当に1時間で終わったんですか……?」
「俺の仕事は、な。後片付けはまだみんなやってる」
「ぇ、じゃぁ、会長が指示を出さなきゃ…」
「生徒会は俺らだけじゃねぇだろうが」
副会長や会計・書記の奴らに各持ち場の監督を任せた。
3人とも目をキラキラさせて、それぞれの担当場所へ散って行った。
「ま、あいつらのことだ。恐らく後30分もすれば全部終わるんじゃねぇか?」
「………ふふふっ」
「あ? んだよ」
「いえ。会長が頼るなんて珍しいなと。信頼しているんですね、彼らの事」
「あぁ? あいつらも一応は生徒会の一員だ。あいつらの指示なら生徒も聞くだろうし、適材適所だろうが」
(別に…頼るとかそんなんじゃねぇし)
「クスッ、そういうことにしておきますね」
「………」
どうも腑に落ちねぇが、今はまぁ置いておく。
「それにしても会長、〝待っとけ〟って他にも何か業務が?」
「ん、いや、業務じゃねぇ」
「? なら何ですか……?」
(…………そうだなぁ……)
ただ渡しても、面白くねぇし……
「目、閉じてみろ」
「ぇ……?」
「いぃから。おら、閉じろ」
「?、?」
おずおずというように、あいつが目を閉じた。
その首に、ポケットに入れてたものをカチャリとかけてやる。
「…ん、いいぞ」
「……?
ーーーーっ、こ、れ………」
それは、金色に光るメダル。
全校リレーのみ、1番にゴールした団は走った奴全員がメダルを貰える仕組みになっている。
「やるよ」
「っ、え………?」
「お前、体育大会出てねぇし。でも参加してんだろうが」
今回の体育大会は、正直こいつがいないとやばかったと思う。
ただでさえ高校の生徒会の仕事量に、仕事をしない奴らもいて。
俺1人でここまでやれるかと思うと、この俺でも疑問が浮かぶレベルだ。
「認めたくはねぇが、今回の1番の功労者はお前だ」
バラバラになった生徒会を修復し、俺の片腕としてきっちり業務をして、俺を支えてくれた。
(だから、まぁ…礼というか……
メダルの為に全校リレーを全力で走ってもいいかなと思っただけだ)
それにーー
「お前、初めてだったんだろ、体育大会」
だから、まぁ記念とか…そんな感じ?
「…………」
「……? どうした」
やっぱ、初めてのメダルは自分で取りたかったか?
「………っ、これっ…ほんとに、もらっていいんです、か……?」
「ん? あぁ、そう言ってる」
(別に俺いらねぇし)
家に帰れば、本物のメダルや賞状なんざ腐るほどある。
それに、今回のはたかがリレーで1番取っただけだし、ただのレプリカだ。
そんなたいしたもんじゃねぇ。
なのに、
「…………っ、ぁりがと…ござぃます……っ」
こいつは、泣きそうなくらい嬉しそうに笑った。
「ぼくっ、初めて、で……っ、」
ギュゥゥっと胸元にぶら下がってるメダルを大事そうに抱きかかえて。
「メダルって…こんなに重いんですねっ」
えへへと、幸せそうな顔で、俺を見た。
「ーーーーっ」
(胸が、痛い)
なんでだろう……幸せそうに笑うこいつを見ると、何故だか胸がギュッと締め付けられる。
(泣きそうだ)
泣きそう? この俺が、何故?
こいつの儚さが、そうさせるのだろうか。
何の価値もない、たかがメダルひとつでこんなにも幸せそうに笑うこいつが。
ただただ、儚くて、切なくて……
(ーーっ)
無意識に両手がこいつに伸びかけて、慌てて止める。
その手をそのまま小鳥遊の頭の上に置き、ぐしゃぐしゃぐしゃっとまた髪をかき回した。
「ゎっ、ちょ、会長っ!?」
「っ、はははっ」
(俺は、今何をしようとした)
目の前にいる消えそうなこいつを、思わず抱き締めようとしてーー
(いや、辞め辞め)
何だそれは、俺らしくもない。
「もっ、いい加減にしてくださいっ!」
我慢の限界なのか、パッと小鳥遊が立ってぐしゃぐしゃの髪のまま自分の席に避難していった。
(そういえば……)
「おい」
「っ、今度は何ですかっ!」
「お前、いつまで俺に背を向けて業務するんだ?」
それは、何となく。
本当に何となく。
ただ、遠くにいる事が寂しいなと思っただけ。
「いい加減、元の位置に戻しやがれ」
「…そう、ですね……」
「うーん…」とあいつが考え込む。
「それじゃぁ、向きだけ変えますねっ」
「…………あ?」
クルリと自分の席を壁からこちらに向くように回転させた。
「……おい、俺の言った意味わかってんのか?」
「んー? だから会長の方向いたじゃないですか」
「俺は元の位置に戻せっつってんだろうが」
「ふふふ、それはまたの機会ですかね~」
「……あぁ…?」
「ふふふふっ」
「っ、てめぇ……」
綺麗な夕焼けの光が入る静かな生徒会室で
俺と小鳥遊の体育大会は、そっと幕を閉じた。
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