146 / 533

2

〝愛おしい〟 どっかの本の中で出てきた、その未知の言葉は コロンと脳みそから俺の心の中へ転がってきて ストンと綺麗に、俺が求めていた答えの部分にはまった。 こいつと出会ってから、様々な感情を知った気がする。 俺の当たり前を全否定された事への〝戸惑い〟に。 シャンデリアの掃除を任された時の〝驚き〟に。 『婚約者として恥ずかしい』と言われた時の〝屈辱〟に。 その件で小鳥遊に会うのを避けた〝緊張〟に。 負けたくないと勝負を挑まれ、人を育ててみようかと思った時の〝楽しさ〟に。 体育大会には参加出来ずとも、精一杯俺を支えてくれた事への〝感謝〟に。 生徒会長として初めての失敗をした時の〝悔しさ〟に。 それを慰められた〝安堵〟に。 そして、今こうして腕の中にいる小鳥遊を守りたいと思う、この〝愛おしさ〟にーー (ーー嗚呼、俺……) 一体いつから、こんなに感情豊かになったんだろう。 『お前、何かを〝難しい〟と感じた事はあるかい?』 2年に上がる前、両親から問われた会話が蘇る。 あの時は『何言ってんだ』と真っ向から否定したが、今もう一度同じ事を問われると、俺は笑って『ある』と答えるだろう。 「心など必要ない」と考えていた俺だったのに、初めて知った感情たちはこうも簡単に俺を変えてしまって でも、それを悪くないと思っている俺がいる。 (〝感情〟って、暖かいものなんだな……) こんなにも心が満たされるものなのか。 あぁ本当……知らなかった。 「ククッ。確かに、前の俺は〝薄っぺら〟かっただろうなぁ」 両親やこいつから投げられた言葉に、初めて納得がいった。 (今、俺が両親に会いに行ったら何て言われるだろうか) ビックリしすぎて目ん玉落ちんじゃねぇだろうか。 それとも、変なもん食ったかと心配されるだろうか。 「ハハッ、それを拝みに帰るのもいいなぁ」 「ん……」 俺の呟いた言葉に、こいつが腕の中で身動ぐ。 抱きしめる腕を一旦緩めて、こいつの動きたいように動かせてやって。 それからもう一度、優しく抱きしめて。 (嗚呼、もう離してやれねぇ) 〝愛してる〟が溢れすぎて、どうしようもない。 この俺がこんなになるなんて、誰が想像しただろうか。 今、こんなにも心が満たされている。 本当、自分でビックリだ。 あの日の、俺の生徒会長として初めての業務の失敗。 それに伴い2人で放課後残ることになったその理由は何だろうと、ずっと考えていた。 だが、 (多分、この感情に気づく為だったんだな) この雷の中、こんなに怯えるこいつを 今、こうして抱きしめてやる為。 その為に、 俺はあの日、ミスを犯したんだ。 ポツリ 「なぁ、小鳥遊。 ーー勝負しようぜ」 出会って初日にお前からふっかけられた〝内側を知ってから婚約者と認める〟という勝負。 それは、完全に俺の負けだ。 俺はあの時馬鹿にしたが、内側を知る事は確かに大切だった。 心は、感情は……人の内側を知る事は、こんなにも暖かいものだと知った。 だから、今度は俺から勝負をふっかけてやるよ。 「〝俺を好きになれ〟 ーーハル」 今度は俺が、真っ向からお前に挑む。 これまではこの感情が何なのかわからなかったから曖昧に接していたが、もう迷わない。 (こいつの内側に無理やりにでも入り込んで、俺のものにする) 「だから、お前はもっと俺を頼れ」 こんなにも細い体で、病弱な体で、もう1人で頑張ろうとすんな。 俺が、側にいるから…… (〝婚約者〟って、便利な言葉だな) 会社同士が決めただるいだけのものと思ったが、今は違う。 寧ろ、こいつと婚約者の関係にしてくれた両親に感謝するレベルだ。 「ククッ。 逃がさねぇぞ、ハル」 (元はと言えば「本当の意味で婚約者の関係になりたい」っつったのは、お前だからな。) 俺は、欲しいものになら努力は厭わない。 昔から、習い事の大会やコンクール前の練習は人一倍やって、一位を勝ち取ってきた。 使えるものは全て使って、勝負に挑む。 それが〝婚約者〟という立場だろうと、〝生徒会長とその専属秘書〟という関係だろうと。 利用できるものは全て利用して、俺はお前を振り向かせる。 「覚悟しとけよ、ハル」 (俺は、もう ーー迷わない) さぁ、勝負だ。 もう一度腕の中の存在に優しくを口付けをして、俺もゆっくり目を閉じたーー

ともだちにシェアしよう!