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「月森?」
「っ、はい」
「どうしたの? 君がぼーっとするなんて珍しいね」
「疲れた?」と聞いてくる社長に「いいえ」と返す。
「少し、昔の事を思い出しておりました」
「昔? どれくらい昔の事?」
「貴方と初めて出会った時の事です」
「あぁ、懐かしいねぇ」
ふふふと社長が笑った。
「あの時はどうにかして君を手に入れようと、本当に必死だったよ」
「突然車の運転させられましたしね」
「ははっ、そんな事もあったなぁ」
懐かしむように、目が細められた。
「ーーシズマ」
「っ、何ですか? 社長」
「クスッ、もうあの頃の様には呼んでくれないのかい?」
「呼びませんよ、私は貴方の月森ですので。社長とお呼びします」
「えー、つれないなぁ。じゃぁ私が呼んでって命令したら呼んでくれる?」
「呼びません」
「えぇー」
(全く………)
この方は、いくつになっても変わらずこのスタンスだ。
性格は相変わらずの喰えないタヌキ。
息子のレイヤ様もさぞ嫌がっている。
「シーズーマー…今はこの部屋には私と君しかいないよ? ほら、呼ぼうよ」
「呼・び・ま・せ・ん。 無駄口叩く暇あったらさっさと手を動かしてください」
「うわっ、酷いなぁ全くー」
ブツブツ言いながらも、手はちゃんと動かしてくれる。
そんな社長にクスリと笑って、
「ほら、さっさと終わらせてください。
ーーマサト様」
「っ、ふふふ」
「………何ですか」
「いやぁ、うちの月森はいい子だなぁと」
「やめて下さい、いつから貴方の子どもになったんですか私は」
「ははははっ」
ひとしきり笑って、「あぁそう言えば」と社長が呟いた。
「どうされました?」
「これからの会議なんだけど、うちと仲が良くて毎回いい取り引きをしてくれる会社の会議だけ別でピックアップしておいてくれないかい? 会議の内容も一緒にまとめてくれると嬉しい」
「? 何故です?」
「レイヤをね、そろそろ紹介しておこうと思って」
「何事も早めが肝心かな~と思ってね」と笑う社長に、「かしこまりました」と返す。
「うん、有難う。参加出来そうなものがあったら一緒に参加させたいから、そのつもりでね」
「はっ」
「ふふふ。それにしても、学園は夏休みなのにレイヤは1日も実家に帰ってこないそうだよ、パパは寂しいなー」
「せっかく小鳥遊の子を連れてきてもらおうと思ったのに…全く、とことん会えないなぁ」と残念そうに呟いた。
小鳥遊の子は、学園からは出られないらしい。
そう小鳥遊家から学園へ通達が来ているとのことだった。
せっかく小鳥遊という鳥籠から出られたのに、学園の中に閉じ込められてるのでは、所詮鳥籠から鳥籠への移動だ。
(小鳥遊、か……)
先日お盆で実家に帰った際に見た、小鳥遊家の月森を思い出す。
彼と私は年もほぼ同じで幼い頃はとても仲が良く、良きライバルだった。
久しぶりに見た彼は、心なしか表情が暗く…少しだがやつれていたように思う。
〝月森が病むという事は、会社が危機に反しているという事〟
小鳥遊の月森は皆には悟られてはいなかったが、私は彼に近しい存在だった為その少しの違和感を捉えることができた。
(小鳥遊は、大丈夫だろうか)
きっと、これから龍ヶ崎と小鳥遊の婚儀の件で顔を見合わせることが多くなるだろう。
その時にでもしっかりと様子を確認しようと、
私は目の前の仕事に取り掛かったーー
【番外編】龍ヶ崎家の月森さん fin.
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