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5日
文化祭が始まったのは、金曜日だ。
金曜日の初日早々変質者に襲われて、レイヤ達に助け出されて。
それから熱を出して3日間看病されて、その次の日やっと下がって部屋に運ばれた…と、すると。
(丁度5日経ってる計算に、なる……)
でもーー
「ってことは…もう、文化祭終わっちゃってる……の?」
「うん……終わってるよ」
「っ、嘘………」
言葉が、出てこない。
「ぁ、ハルっ、元気出して!まだ今週金曜にある後夜祭が残ってるから!!
文化祭はねっ、おれたちのクラス凄く上手く行ったんだ!5つある喫茶店の中で一番繁盛したんだよ!お客さんが途切れる事がなくてねっ、それでーー」
イロハが、文化祭の様子を事細かに教えてくれる…けど
頭に、全く入ってこなくて。
「イロハ。ハルはまだ目覚めたばかりだ。それはまた後で話そう」
「ぁ、うんそうだね。ごめんハル、まだキツイよね……」
「っ、ぅうん全然っ、ありがと2人とも」
「ハル、もうちょっとベッドでゆっくりしてろ。俺たちはリビングに居るから」
「うんうん、佐古くんは今スーパーに買い出し行ってるよ。ハルのために何か作ってくれるみたい!」
「ぇ、ぁ、そうなんだ……」
「あの佐古くんが1人で料理だって!これは見ものだよ」「イロハ、からかうのは程々にしろよ…」と話しながら部屋から去っていく2人を見送って
パタン、とドアが閉まった。
「5日………」
俺、ずっと寝てたのか……
確かに、変質者の件は身体的にも精神的にも自分に負荷が掛かったと思う。
それに、初めての行事という事で発生した緊張と、大勢の見知らぬ人に話しかけられまくった件もあった。
それらが原因で寝込んでしまって、こうして今を迎えたのだろうか……
「っ、」
(俺、ただの馬鹿じゃん)
レイヤたちに体調不良とバレて寝かされたくなくて1人で行動して、結果この状況。
文化祭…終わっちゃってる…なんて………
ポソッ
「ゃ、だ……っ」
発した声は凄く震えてしまって、思わず頭から布団を被りベッドの中に潜り込む。
俺にとっては、最後の行事だった。
レイヤの隣を歩いて文化祭をたくさん満喫したかった。
クラスのみんなとも、一緒にお店を盛り上げたかった。
なのに、それ…なのに……っ。
「~~~~っ!」
ポロポロ溢れる涙が止まらなくて、心臓が痛い。
もう、全てが嫌で
こんな現実……受け入れたくなくて
再びドアの外から名前が呼ばれるまで、ずっとそうしていた。
それから、俺の部屋には月森先輩と保健室の先生の2人が訪ねて来てくれて。
俺が泣いてたのが分かったのか、月森先輩は優しく目元を撫でてくれた。
変質者の正体は、保健室登校の1年生だったらしい。
中学時代にいじめられ、精神的に病んでしまい保健室登校を学園が許可していたのだという。
ハルへの執着は、入学式から。
パッと見た姿に一目惚れし、それから追うようになったと話したらしい。
「元々、時々ふらっといなくなる子だったんだ。でも直ぐに戻って来てくれるから、そこまで気にしてなくて……」
「もっとちゃんと見ておくべきだったよ。ごめんね」と謝る保健医に「いいえ」と首を振る。
「その子は、どうなったんですか?」
「退学処分だよ。学園長が即決された」
「そう…ですか……」
「まぁ、小鳥遊…それも龍ヶ崎の婚約者であるハル様に手を出したのですから、退学だけなら軽い方ですがね」
「ぇ?」
「ここの学園の生徒という事は、彼の背後にも会社がある。その会社は、今後生きていけないでしょう」
(あぁ、成る程……)
冷たく言い放つ月森先輩も、記憶の中で怒ってたレイヤも、イロハやカズマにだって、背後に家がある。
根回しなんて、簡単にできるのだろう。
もし仮にここにいたのが俺じゃなく本物のハルだったとして、ハルにあれだけの事をされたと考えれば、俺だって相当怒る。
だからかな?
報告を受けても、どこか他人行儀に考えてしまう俺がいて。
(本当…ハルじゃなくて良かった……)
傷ついて泣くハルの顔は、見たくない。
ハルは今までベッドの中でたくさん自分と戦ってきた。
だから、辛い思いなんてもうしてほしくない。
(ハルには安心して、心から幸せになってもらいたいんだ。
だからーー)
その為に、後ひとつ確認しておきたい事がある。
「あの…先生、小鳥遊の家には何か連絡を……?」
「っ、いや…それは………その……っ」
ーーーー嗚呼、やはり。
(学園長がこういう大人で、良かった)
小鳥遊家の大切な一人息子を家から出して通わせている学園。
それだけでも、今この学園は様々なところから注目を浴びている筈だ。
そんな中に起きたこの事件。
恐らくこの件を小鳥遊に報告すれば、即俺は再び家へと戻される。
そして外部からの学園側の信用は激下りして、悪くない噂が飛び交うだろう。
結果的に、学園側は経営の危機に晒されてもおかしくはないかもしれない。
だから、例え先生だから報告義務があるとはいえ、この件は学園の内に留めて揉み消されるのが一番都合がいい。
(学園長が、梅谷先生や櫻さんのような先生じゃなくて良かった)
彼らだったら、きっと真っ先に報告するだろう。
そして熱で意識のない俺を小鳥遊お抱えの医者に見せる筈だ。
今回それをせず保健医に頼んだのは、恐らく学園側のそういうご意向があってのこと。
(俺にとっても、そっちの方が都合がいい)
ハルにこの件を知られたら、正直どうなるか分かったもんじゃない。
両親に言って俺を直ぐ学園から出されるか、ハルが「僕が行く」と言ってきかなくなるかもしれない。
両親だって、こんな事件のある学園なんか辞めてもっと他の学園を探しにかかるだろう。
最悪、レイヤとの婚約も無かったことになるかもしれない。
俺は、それが嫌だ。
(この学園は、本当に良いところなんだ……)
仲のいいクラスメイトに優しい先生方。
学園のみんなは小鳥遊のことを何事も無いように受け入れてくれていて、気にかけてくれている。
イロハやカズマ・佐古といった、ハルにとって大切な友だちもできた。
月森先輩やタイラも信頼できる親衛隊を作ってくれて。
そして、楽しくて楽しくてたまらない生徒会と……大好きなレイヤがいる、この学園に
ハルを、通わせてあげたい。
(ここ以外にいいとこなんて、あるわけない)
俺は、この学園が大好きだから。
「ハル様…よろしいのですか……?」
月森先輩は悔しそうな顔をしてる。
多分ハルのことを思って泣き寝入りだとかいろいろ考えてるんだと…思う。
けど、
「はい、これで良いんです」
(これが、良いんです)
「正直両親に言ったらどうなるかわかりませんし、僕はまだこの学園にいたい…せっかく外に出たんです。連れ戻されるのは、嫌だなぁ……っ」
えへへと申し訳なく笑うと、月森先輩はきゅぅっと両手を握ってくれた。
「その代わり、 ーー先生」
「? なんだろうか……?」
「今後…もしまた僕に、こんな事が起こったら
ーーーー〝次は許しません〟と、学園長にお伝えください」
「っ、わ…かった……っ」
(〝次〟は、絶対に許さない)
今回は俺だったから許しただけで、これがハルだったなら許されてはいないわけで。
だから
どうか次はハルの卒業まで、徹底的にハルを守ってほしい。
「……先生、我々はそろそろ出て行きましょう。これ以上はハル様のお体に障ります」
「そ、そうだな。今の件を報告しに行かねば……っ」
「はい、有難うございます先輩。 よろしくお願いしますね、先生」
綺麗に歩く先輩と、逃げるように去っていく先生のその背中を
静かに、見送ったーー
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