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「……は? 何だと…?」
「聞こえなかったのか? 俺は危機感なんざ微塵も感じてねぇって言ったんだ」
もう、限界だった。
「俺はあんたの何だ?息子か?それとも使い勝手のいい駒か?」
勉強なんて、本当は大嫌いだった。
母さんが嬉しそうな顔をするから頑張ってただけで、本当は好きでもなんでもない。
でも、母さんが再婚してからは必死に望まれるレベルにまでなろうと努力した。
「だが、所詮俺は凡人だ。あんたみたいになれるわけがない。
ーーだって、俺はあんたの息子じゃないから」
「っ、」
「ヒデト! やめなさい!!」
(あぁ、母さん……)
「ねぇ母さん。
母さんさ、最後に父さんの事思い出したのって、いつ?」
「ーーーーぇ」
「俺さ、再婚する前にちゃんと言ったよな。
〝新しい人ができても、父さんのこと忘れないでいてあげような?〟って」
「っ、そ、れは……っ」
「なぁ。答えろよ」
(ってか、俺の名前すらまともに呼んでくれなかったのに、父さんのことなんか思い出してるはずねぇだろ)
打たれた左頬が、熱を持って痛み出す。
「ヒデト、もうやめるんだ」
「っせぇな!俺に触んな!!」
肩を掴まれた手を思いっきり離した。
「今まで全然俺のこと見なかったくせに、こういう時だけ父親ズラすんのかよ!頭沸いてんのか!?」
「っ、私はーー」
「黙れ!!!!」
(ーー嗚呼、うるさい)
もう、これ以上は無理。
冷静な顔をして俺を対処しようとする父親に
顔を真っ青にして震えてる母親に
ギャーギャー泣き止まない妹
全部が全部……もうどうでもよくなってしまって。
「俺は…俺は、お前らとは家族なんかじゃ、ないっ!」
「ぇ、」
「お前らなんか、全員いなくなればいいんだ!!!!」
「ーーーーっ」
まず、最初に異常が出たのは母だった。
「ぁ、うぅ……っ」
妹を抱きかかえながら、お腹を抑えて座り込んだ。
「っ、ユミカ! 大丈夫か、痛いのか?」
身を翻してすぐさま母の元へ駆けつけ、泣き叫ぶ妹を腕の中に引き取り背中をさすりながら寄り添っている。
「医者を…医者を呼ぶんだ……、ヒデト!」
「……んで、俺が呼ばなきゃいけねぇんだ」
「ヒデト!? 今はそんなこと言ってる場合ではないだろうが!」
「うるっせぇよ!俺はっ、もうお前らなんかどうでもいいんだ!!」
震える声で怒鳴って、ガチャッ!と部屋を飛び出した。
後ろで何かを叫ばれてるような声がするが、全てを無視する。
そのまま、屋敷を飛び出して
走って走って、走りまくって………
着いた先は、前に住んでた小さなアパート。
(俺たちの部屋だったとこ……明かりが付いてる)
その部屋からは、別の家族の楽しそうな声が響いていた。
ーーあぁ…なんだ、そっか。
(俺、帰る場所なんか……ないじゃん)
ポロリと、温かいものが頬を伝った。
「っ、ひっ…うぇぇ……」
本当は、いきなりうずくまった母が…ただ怖かった。
(弟、大丈夫だったかな。俺の所為で……死んだりしないよな?)
医者も呼ばずに出てきてしまった。
父親に言われたことを、無視してしまった。
「ヒック、えぇぇっ、うぅ」
(どうしよう、どうしよう)
めいいっぱい、今まで溜まっていたものを吐き出した。
2人とも、とても傷ついた顔をしていた。
俺だって、もう今までずっと耐えてきた……けど
でも、でもーー
「っ、ごめ、な、さっ!」
泣きながら、必死に言葉を紡ぐ。
(ねぇ、父さんっ)
どうか、どうかお願い。
弟の事、連れていかないであげて。
ーー母さんの事、守ってあげて。
「っ、あぁ、わあぁぁあぁっ!」
(ごめんなさい。母さん、父さん)
それから、あてもなく彷徨って漸く屋敷に帰り着いた俺を待っていたのは、ーー中学受験だった。
「ユミカの体調が安定しない。ユミカとお腹の子の為にも、君と少し距離を置きたい」
「元々、この学園には興味があったんだ」と父親に受けさせられ、高い倍率にも関わらず見事合格した。
追い出されるように屋敷から出され、俺も元々出て行くつもりだったしいい機会だっかなと学園へ向かった。
学園では前の名字である〝佐古〟を名乗った。
もう、あの屋敷には帰るつもりがないから。
俺は、1人で生きて行く。
(もう母さんも父さんも兄妹も……みんないらない)
だが、その学園は俺にとっては住みづらい世界だった。
そんな空気感について行けず外へ出て行くようになり、母親譲りの黒髪を真っ赤に染め、ピアスも開けて服も着崩してテストだけを頑張るような生活をした。
そのうち櫻さんと梅谷先生に目を付けられ、高校の先生なのにも関わらず面倒を見てもらい
そのまま、高校へと進学して。
それから、
それからーーーー
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