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「もう……っ、やめて………」 何が起こったか、わからなくて。 呆然とする中 苦しそうな声がポツリと聞こえた。 「もう…やめてよ……大人しく言うことを聞いてアキ… お願いだから…もう、私から離れて……っ」 綺麗な長い髪を両手でぐしゃぐしゃ掻き回して、母さんが震えながら崩れ落ちる。 「これ以上はっ、もう…もう……っ! ぁあぁっ、ぁあ…あぁぁあぁぁぁあぁ!!」 「っ、!」 叫び出す母を、父さんが跪いて抱きしめた。 (これは………何……?) 打たれて痛む左頬よりも、 今…目の前で起こってることが、理解できない。 何で、母さんはこんなに苦しんでるの? 俺が、何かした? ーーそれとも、〝何か〟別に…ある……? 「かぁ…さ……」 「ーーーーすまない、アキ」 「っ、ぇ」 「お前は、本当に良くやってくれた」 呻き声を上げて震えてる母さんの背中をさすりながら、父さんが俺を見る。 「今まで、生まれてからずっと私たちがハルに付きっ切りだったのにも関わらず…文句ひとつ言うことなく、ずっと耐え続けさせてきて……本当にすまなかった」 「とお…さ……」 「学園でも、とても良くやってくれた。半年で全ての事を整え上げて、ハルが安心して通える環境と任せられる婚約者にしてくれた。本当に…心から感謝する。 ーーだから…もう、私たちから解放されてくれ」 「ぇ……それっ、て…どういうーー」 「奥様!旦那様!」 母さんの叫び声を聞きつけたのか、パタパタとメイドや執事たちが駆けつけてきた。 その中に懐かしい顔を見つけて、目を見開く。 「社長っ、奥様は……」 「あぁ月森。 すまない、フユミを少し休ませてやってくれないか? 〝薬〟も準備してほしい」 「っ、ですが……」 「頼むよ、ーー」 「ーーーーっ、承知…いたしました、様」 母さんの肩を抱き起こして去っていく月森さんが、チラリとこちらを見た。 「………っ」 その顔が酷く苦しそうに歪んでいて、声が出なくなる。 (何で、そんな顔してるの……?) 一体……何が…起こっているの………? 「旦那様、私たちは…」 「アキを部屋に送ってほしい。もう時間が無いんだ、急がせてくれ」 「かしこまりました」 「っ、ちょ」 暴れようとするが、既に両手を掴まれて動けなくて。 「ゃだ…やだよ……っ、父さん!父さん!!」 ズルズルとメイドや執事たちに引きずられるようにして、自室へ運ばれて行った。 そんな、誰もいなくなった玄関で 父さんが、拳を震えるほど強く握っていたことなんて 誰も……知らない。 ポツリ 「すまない、アキ… 幸せになってくれ……っ」 ガチャンと、自室に閉じ込められる。 『お急ぎください、アキ様』 「っ、」 ドアの向こうには、もうメイドや執事たちが待ち構えていて。 (時間が……無い………) ハルに会いに行く時間が ーー無い。 「くそ………っ」 (こんな最後なのか……?) こんな喧嘩別れのまま、さよならをするのか? ポツリ 「ゃだよ……っ」 まだ、まだ何も…ハルに伝えられてない。 生まれてからずっと一緒にいてくれた、〝ありがとう〟も たくさん一緒に笑いあった日々の、〝楽しかった〟も いっぱいいっぱい心配させてしまった、〝ごめんなさい〟も 喧嘩して、きっと今も不安になってるだろうハルへの、 〝大丈夫だよ〟もーー 何も…伝えられてない。 「~~~~っ!」 ぎゅぅぅっと強くネックレスを握るが、それはもうただの冷たい石ころになっていて… もう勇気を、与えてはくれなくて…… 『アキ様』 ビクッ 「っ、」 (時間が、無いっ) それなら……それならば……せめて、〝ひと言〟だけ 俺が1番に伝えたい、〝ひと言〟だけでも ーーーー パッと目に付いた机の上の紙とペン。 俺は、それをすぐに手に取った。

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