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sideイロハ・カズマ: おれたちの気持ち 1

パタン 「……ただいま」 「…………」 学校が終わって、真っ直ぐ自分たちの部屋に帰ってきた。 今日ハルに聞かされた話が頭の中をグルグルしていて…それからの授業なんて、ひとつも入ってこなくて…… 『イロハ、ごめんね』 『っ、え?』 生徒会室を出る前、ハルに声をかけられた。 『イロハがプレゼントしてくれた春色の和菓子…あれ、僕たちひと口も手をつけれなかったんだ』 『ぇ……? どう、して…』 『〝これはハルのだよ〟って手渡してくれたアキの顔が……見てられなくて』 『っ、』 『だから…ごめんねっ、イロハ』 結局は小鳥遊の両親にあげてしまったらしい、おれがプレゼントした和菓子。 (「アキの顔が見てられなかった」なんて、当たり前だよ) ハルのためを思って一心に作り上げた、想いのこもったプレゼント。 それをおれは〝アキ〟に渡して、アキがハルに渡して…… 「ーーっ、」 どんな顔で本物のハルに手渡したかなんて、直ぐに想像できる。 〝小鳥遊 アキ〟 昨日まで、ここにいた子の…本当の名前。 ハルの代わりとして一生懸命学園で生活して、見事に自分を隠し通して そして何も残すことなくふわりと消えていった子の、名前。 「イロハ」 玄関で立ち尽くすおれを、カズマがリビングのソファーまで引っ張ってくれた。 座ったカズマの膝の上に向き合うように乗せられて、抱っこされるような体制になる。 そのまま、ゆっくりと暖かい腕が体を包んでくれた。 「………っ、カズ、マ……」 「あぁ」 何も言わず、ただ抱きしめてくれる優しい存在。 「~~~~っ、おれぇ!」 ーー酷いことを、たくさん言ってしまった。 「おれっ、会長との関係に…悩んでるのかと思って」 あの日。 後夜祭前の夜、ハルをデートに誘った日。 ずっと浮かない顔をしていたハルの背中を押すことができればと、話を聞いたつもりだった。 でも、 「でも、ちがったんだっ」 ハルは…〝アキ〟は、会長へどう告白すれば良いのかで悩んでたんじゃない。 きっとアキは、会長への想いをどう断ち切るかで…悩んでたんだ。 『好き、なの……っ』 ポツリと呟かれた、あの言葉。 ハルは説明で〝アキは婚約者との関係を整える為〟と言っていたけど、多分ただ関係を整える為だけだったらあんな苦しそうな声は出せないと思う。 (きっと、アキは会長のことが好きだったはずだ) ハルとして生活してきて、でも好きになってしまって、この想いをどうすればいいのかわからなくて途方にくれていた。 ……それなのに、 (おれはっ) 自分のエゴで、勝手な考えを押し付けてしまって ーーーーあの子の本当の苦しみに、気がつけなかった。 「っ、ふぇ、うぅ、ぅえぇ…、カズマぁ」 泣き始めるおれの背中を、大きな手がゆっくりと撫でてくれる。 きっと、カズマだって凄く動揺してるはずだ。 それなのに、何も言わずにただ寄り添ってくれて、安心させてくれて ーーもうずっとずっと、そうやって待たせてしまってる。 (おれ、〝次はおれの番〟だって思ったんだ) ハルが告白に成功して晴れて会長と付き合えるようになって、今度はおれがカズマに気持ちを伝える番だと。 その為に、おれが真っ先にしないといけないことは何なのかを…ずっと考えていた。 (でも、現状は解決してなかった) アキはハルとして告白して、ハルとして付き合うことになって…そしてハルが来て……消えてしまった。 『待ってるよ、イロハ』 アキが優しく投げかけてくれた、その言葉。 ハルとして言ったものだったのかもしれないけど、でもそれは違うはず。 (だって、あの時の目…おれを見てたっ) ちゃんとおれのことを見て、言ってくれていた。 それは、決して嘘なんかじゃないと……そう思う。 「なぁ、イロハ」 「?」 ようやく落ち着いてきたおれを、カズマの静かな声が呼んだ。 「俺たちと〝アキ〟との出会いは、噴水だったな」 「ーーっ、ぅんっ、そうだったね」 偶然見つけた、森の中の噴水。 その淵に座って、目を閉じてるアキがいた。 「すっごく綺麗で、天使かと思っちゃったんだよね」 「そうだな。それから探検して、プールを見つけたな」 「あははっ、そうそう」 ハルだというアキの歩調に合わせて、ゆっくりゆっくり歩いて。 「怒っちゃったんだよね、おれたち」 『だから!迷惑でも何でも無いのっ! ハルが無理しておれたちに合わせたり遠慮したりするほうがもっと迷惑なの!!』 『俺も、その意見。多分ハルは俺たちに気を使われたりするのが嫌なんだと思う。けど、それは俺たちが勝手にすることだから。俺たちが好きでやってるんだからハルは何も気にしなくていい。寧ろもっといろいろ、やってほしいこととか、我儘言ってほしい』 『それ!我儘もっと言ってハル!! 全然足りないんだけど!?』 思えば、アキはいつもいつも人のことばかり考える子だった。 自分のことを後回しにして生活してたのはあの子の性格もあるんだろうけど、今思えば、ハルが安心して過ごせるよう必死に駆けずり回った跡なんだと思う。 そんなアキのことを、おれたちは〝支えたい〟と思ったんだ。 そして、それから半年間一緒に生活して…いろんなことがあってーー 「ーーーーねぇ、カズマ」 「あぁ」 顔を上げて目の前の顔を見ると、同じくおれを見ていた顔と目が合う。 「おれは、ハルに協力したい」

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