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sideミナト: 〝月森〟

「ほんにまぁ久しぶりじゃな、ミナト」 「はい。お久しぶりでございます、大婆様」 月森の本家……私の実家。 昨日の夜に帰って、今朝大婆様との面会の時間を貰った。 「元気じゃったか?」 「勿論です。大婆様も、お元気そうでなによりです」 「ふぉっふぉっふぉっ、まだまだ死なんぞぉ」 「クスクスッ。えぇ、ずっと長生きされてください」 ひとしきりの、世間話。 和やかに話をして、すぐに切り込んだ。 「大婆様、本日私がお時間をいただいた理由ですがーー」 「ミナト」 「はい」 「お前の名前はな? 私が考えたんじゃよ」 私の母は子を身籠りづらい体質だったらしく、月森の本家にはなかなか直系の子が出来なかった。 「やっと生まれたお前に、それはそれは皆喜んだもんさ」 「名前は大婆様が」と両親からお願いをされ、一晩じっくり考えて〝ミナト〟と名付けた。 「〝どのような船が来ようとも、寄りかかって安心して休めるような…そんな大きい『港』のような存在になって欲しい。〟 そう願って、〝ミナト〟と付けたのじゃ」 「はい、存じております」 「お前は、これまでの人生において多くの〝船〟たちと出会って来たじゃろう」 「えぇ、そうですね」 「それにも関わらず、お前は〝あやつら〟を選ぶのか?」 「ーーはい、選びます」 (あぁ、やはり) ーーーー大婆様は、既に〝分かって〟らっしゃる。 スゥッと息を吸い込んだ。 「これまでの17年間、幾度となく多くの船が私に寄りかかってまいりました」 そのどれもが違う形をして、目指す方向も様々だった。 私はそれらの船が到着することも拒まず、出発しても後を追うことをしなかった。 「そんな時、ある二隻の船が辿り着いたのです」 その船は、芯はしっかりしているのに脆くて…風に吹かれたら壊れてしまいそうなほど儚かった。 「そして、まるで互いを守り合うようにして浮かんでいました」 今にも沈みそうなその船は、互いのロープや紐でお互いを支えあいながら、辛うじて水の上に浮かんでいた。 「それを見て、私は〝助けたい〟と思いました」 そんなに必死になって互いに支え合わなくてもいいように 小さな体で身を寄せ合わせなくても、いいように 私が、〝支えたい〟と思った。 「ですが、困ったことに互いのロープや紐が深くまで絡みついて、解けないのです」 上手いこと絡みついているそれらは、驚くほどきつく結ばれ合っていて解くのが酷く難しい。 それに、無理やり解いてしまえばこれまであった支えが無くなりどちらか片方が沈んでしまう可能性があった。 「だから、私は思ったのです。 ーー解くことが難しいのならば、解かずともよい。私が、二隻とも支えようと」 沢山出会ってきた中で唯一惹かれたその船たちが、互い以外に私にも寄りかかって安心していただけるような そんな、〝彼らだけの港〟になりたいと、思った。 「大婆様、どうか許可を頂きたい」 私を、二隻分支えることができるような、港へと。 「〝2人の主人に付き従うことができる月森〟になる、 ーーーー許可を」 じぃっと、目の前のきつい眼差しを真っ直ぐ見つめ返した。 「…………ミナト」 「はい」 「ただでさえ〝あの家〟に着くこと自体厳しいのに、まだ厳しい道を行くのか?」 「はい、行きます」 厳しいのは承知の上だ。 2人の主人に付くなど、月森にあってはならない行為。 だが、 「大婆様。私は月森の本家に生まれ、その才を大婆様もとても褒めてくださった」 教えられること・生まれ持った感性・月森としての心構え。幼い頃からその全てを身につけ、周囲や大婆様をも驚かせた。 「類稀なる逸材だ、お前はいい月森となる」と、頭を撫でてくださった。 「大婆様、どうして母は長年身籠もらず、その年になって漸く身篭ったのでしょうか? 何故、私は月森としての才をこれほど兼ね備えているのでしょうか?」 この時代のこの年に本家へ生まれ、月森としての才を開花させ貪欲に教えられることを習得していった、私はーー 「きっと、彼らに出会う為だったのです」 そう、彼らに出会う為。 その為に、私はこの時代のあの瞬間生まれてきたのだと、思う。 「…………そうか」 ひとしきり話を聞いて、大婆様がゆっくりと目を閉じられた。 じぃ…っとその沈黙に耐える。 やがて目を開けた大婆様は、にこりと嬉しそうに笑っていた。 「ミナトや、お前強くなったのぅ」 「今の私がいるのは、あの方々のおかげなのです」 脆いアキ様が見せてくれた、強さ。 強いハル様が見せてくれた、弱さ。 それらが、私をここまで強くしている。 『先輩っ、僕…アキと、仲直りできるでしょうか…っ』 あの日、噴水の淵で聞いた胸の張り裂けそうなハル様の声。 きっとアキ様も、ハル様と同じ気持ちのはず。 そして今も、おひとりで懸命に見知らぬ土地で立っているはずだ。 (早く、おふたりを安心させてあげたい) 早く仲直りをして、心からの笑顔を見て それをずっとずっと守っていけるような……人となりたい。 (だから、私は) 「私、月森ミナトは、 ーー小鳥遊ハル様・小鳥遊アキ様の〝月森〟となります」 「……あぁ、そうかぃ。 いいだろう、許可しよう」 「っ、ありがとうございます。大婆様」 「ふぉっふぉっ、礼を言われる事ではない。歴史を遡ってみれば、1名以上に付いた月森は何人かおる。 まぁ、私が当主となったここ数十年はいなかったがなぁ」 楽しそうに笑う大婆様の目が、鋭く光る。 「このタイミングで言いにきたという事は、 ーーそろそろなのじゃな?」 「はい、その通りです」 (全く……どうしてこの方はこんなにも物知りなのか) 小鳥遊の息子が2人という事を、一体いつから知っていたのだろう? もしかして私が「小鳥遊ハル様の月森となった」と報告した時から、既にこのような未来が来る事を予想していた? 謎だ…が、あまり深く考えない方が良いだろう。 所詮は大婆様だ。 私ごときが分かるほどの方ではない。 「さて、行くのかミナト」 「はい。引き続き、学園に戻り準備を」 「そうか。 ーーのう、ミナトや」 「? なんでしょうか」 「お前の主人を、しっかり取り戻してこい」 「ーーーーっ、承知しました」 背中を押してくれた暖かい眼差しに、強い力を貰って。 (これでもう、私に迷いは無くなった) 月森として持ち合わせている全ての力を使ってハル様に協力し、アキ様を救おうと。 そう心に誓い、足早に屋敷を出たーー

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