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sideアキ: さよならの、時……? 1
〝龍ヶ崎との婚約は、破棄〟
〝もう赤の他人。
だから、これ以上迷惑をかけてはいけない〟
頭ではちゃんと分かってる。
なのに、心と体が思うように動いてくれなくて。
(迎えに来てくれた事、本当に嬉しかった)
震えが止まるまで、抱きしめて背中を撫でてくれた事も。
面と向かって本当の名前をちゃんと呼んでくれた事も。
あんなにたどたどしい自己紹介を、ひとつひとつ頷きながら聞いてくれた事も。
ネックレスを「これはお前にあげたんだ」と付け直してくれた事も。
全部 全部
(短い時間だったけど、凄く幸せだった……)
そんなレイヤを、もうこれ以上巻き込みたくない。
あんなにいいご両親に、被害を与えたくない。
だから、
「っ、レイヤ…はなして」
どうか、この手を離してほしい。
(早く父さんのところに行かないと、龍ヶ崎が)
父さんの元へ行ったら、俺は次どうなるのか…正直わからない。
でも、それでも龍ヶ崎は守りたい。
俺の大切な人たち。
この人たちを守れるのならば、ハルとまた離ればなれになってもまた遠くに飛ばされても……どうだっていい。
レイヤを…あのご両親を、傷つけなくは、ない。
(俺はもう、大丈夫だからっ)
ちゃんとレイヤと話せたのはほんの少しの時間だったけど。
それでも、もう充分すぎるくらいに幸せだから。
だから、もうーー
バタンッ!!
「よぉ、楽しそうな事してんじゃねぇか」
「っ、」
(この、声は……)
突然開け放たれた扉と、メイドたちの焦っているような声。
いつも通りの乱暴そうなその口調には、少しだけ笑みが含まれていて。
「さ、佐古くnーー
…………ぇ?」
振り返った先に、いつもの赤髪はいなかった。
「く、ろ……?」
燃えるような赤髪は元の黒色に戻り、あんなに付いてたピアスも全部外されていて。
コツ コツ とローファーではないビジネスシューズの音を静かに響かせながら、真新しいスーツに身を包んで歩いてくるのは ーー紛れもなく、佐古で。
「久しぶりだな、なんて顔してんだよお前」
「その髪、なんで……わっ」
一瞬で状況を把握したのか、トンっと体を押されレイヤの方へと戻された。
直ぐさま後ろからがっしりレイヤに抱きしめられる。
「お前はそっち側が良いんだろうが、ったく……」
「はぁぁぁ…」と溜息を吐きながら父さんと俺の間に入りこみ、呆れるように見てくる。
(佐古…だ……)
黒髪に、スーツ姿だけど。
その雰囲気や表情ひとつひとつは間違いなく、佐古のもので。
「さ、佐古く」
(どうして、ここに……)
「あぁ〝佐古〟? 誰だそれは」
「ーーぇ?」
ニヤリと、目の前の顔が面白そうに笑った。
「俺の名字は〝佐古〟じゃねぇ。
ーーーー〝Taylor 〟だ」
「て、テイラー……?」
「あぁ。
正式には、〝T・Richardson 〟だな」
「…………は?」
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