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(〝T・Richardson〟って…ぇ、あの……?) みんなの驚いたように息を飲む音と、イロハの「ヒッ」という叫び声のようなものが聞こえた。 「ははっ、呆けた顔ばっか」 「ぇ、え……?」 「会社はまぁともかく、誰も気づかなかったのか。 俺んとこの今の親父が外国人ってこと」 「がい、こく…って」 (っ、そうか) 佐古は勿論頭がいいが、その中でも特に英語はずば抜けて良かった。 「英語に関して…特に発音は、毎度毎度褒めてくれてたのにな。 なぁ〝アキ〟」 「っ、さ、こ……」 目の前で〝アキ〟と呼んでくれた顔は、楽しそうに笑っていた。 〝Taylor〟という名字は古くから仕立て屋を生業としていた人たちが名乗っていたもので、今の時代はそこら中にいるありふれた普通の名字だ。 だが、それに〝R〟が付くならば話は別。 〝Taylor Richardson(テイラー リチャードソン).〟 それは、最高級のスーツのブランド。 品質に関しては世界一と言われており、幼い子どもから高齢の方まで幅広い年齢層のスーツを作っている。 世界中で愛されているそのスーツは、注文すれば生地や糸・裏地・細やかな刺繍・柄などを全ていちからオーダーメイドし仕立ててくれるが、その予約は早くて3年待ちと言われる程。 日本でも勿論人気で、特にこの世界じゃ身だしなみのひとつとして認知されており、大事な取引や会議の時の勝負服のような役割を果たしている。 〝T・Richardson〟と入っているスーツを知らない人は、日本中…いや世界中にいないと思う。 それくらい有名な、会社の名字。 (ど、ゆう……こと………?) 佐古の名字は T・Richardsonで、って事は佐古の父親は、あの……? って、そこじゃなくて 名字のことはとりあえず置いておいて 佐古は、母親の旧姓だった。 それを否定して自分の本名を名乗った。 と、いうことはーー 「家に、帰った…の……?」 「あぁ、そうだな」 「っ、」 (佐古が、家に……っ) ということは、両親と和解したのだろうか? ずっとずっと…もう長らく心にあった傷を、ちゃんと乗り越えることができた? 「~~っ! 佐古、わっ!」 嬉しくて嬉しくてなんだか別の意味で涙が出そうになって、笑って佐古を見るとガシッ!と頭を掴まれる。 「はぁぁ…お前な、今はそれどころじゃねぇだろうが。なに1人で感動してんだったく…いっつもそうやってテメェは自分を後回しにしやがって…… 後、もう俺は佐古じゃねぇ」 「そっか…そっか、そっかぁ……っ」 「……おいアキ、俺の話聞いてたか? その緩んだ顔どうにかしろ………」 アキと呼ばれる嬉しさと佐古が〝佐古〟でなくなったことへの嬉しさが一気に来て、さっきまでの緊張が何処かへいってしまって。 「ーーほぉ、T・Richardsonか」 低く響いた父さんの声に、身体が震える。 くるりと佐古が父さんの方を向き、背中に俺を隠すよう対峙した。 「よぉ、あんたが小鳥遊の社長か」 「そうだよ。君は、話の流れからハルと同室者の〝佐古 ヒデト〟くんかな?」 「そうだな。ただ、それは前の話だ」 「そのようだね。 〝佐古〟という名字には全く身に覚えが無かったから無下にしていたが、まさか本名が〝T・Richardson〟だったとは。 それも、でまかせの嘘ではなく本当のようだ」 「言われると思って着てきてやったんだよ。見たほうが早ぇだろ」 佐古が着ているスーツは一目で分かる程の一等級品。 細やかな刺繍やチラリと見える袖の柄は、明らかなオーダーメイドだった。 「まさか仕立て屋の息子が、あんなにも制服を着崩していたとは」 「親父や家のことを嫌ってたからな。服でもとことん反抗してやった結果だ」 「君の父親は、〝Padrick(パドリック)・T〟氏かな?」 「あぁ、そうだな」 「ほぉ、そうか……成る程。〝噂〟は真実だったと言う訳か」 〝Padrick・T・Richardson〟 Taylor Richardsonの現社長にして、ハリウッドスター。 Taylor Richardsonのスーツが売れるのは品質やその後のアフターフォローや様々あるが、1番の理由は社長にある。 子どもから大人まで世界中誰もが知ってる、日本でも有名な大スター。 来日すれば必ずマスコミが追いかけ、テレビに映るほどだ。 そんな彼は、日本人の一般女性と結婚した。 それにより彼は日本へ別荘を置き、会社のことや映画の撮影時のみ海外へ行くようになった。 だが、どうやらそれは表向きの噂らしいとこの世界では密かに言われていた。 本当は、彼と結婚した女性が子連れでその子と上手くいっておらず、それが原因で時間があれば日本に長らく滞在しているのだと…… (その噂、文化祭前にイロハから聞いた!まさかそれが…) 「ーーそれが、君だったと言うわけか」 「そうだな。俺はそんな噂聞いたことなかったが」 「君は疎そうだからな。丸雛くんや矢野元くん、それにレイヤくんなんかは知っているんじゃないかな? ……まぁ、そんな事は今はどうでもいいんだ」 ニヤリと、とても面白そうに父さんの顔が歪んだのがわかった。 「ーーーーさて。 君は、この状況をどうするのだろうか?」 *** ここまで様々な場面で出てきた〝T・Richardson〟や、服の着崩し方・英語等の佐古に関する情報は全てここへの伏線でした。 また、よろしければ番外編【〝佐古〟ヒデト】を〝再婚した父親が外国人だった〟という設定でもう一度読み返していただけますと幸いです。異国の血が流れてる佐古の妹の説明等、伏線が見えてきてより設定が深まるかと思います。 お手数ですが遡って見られてみてください。

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