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「ぇ、」 「ヒデトを見つけてくれて…諦めずにあの子の心の中へ入ってくれて、本当にありがとう」 「そ、そんな……俺は全然、寧ろっ」 (俺も、あいつには助けられてばかりだった) ゆっくり頭をあげたPadrick・T氏は、穏やかにみんなを見回す。 「君たちもだ。ヒデトを大事に思ってくれて、本当に感謝している。こうして見送りにも来てくれて…言葉も無いな」 「いえっ、そんなのおれたちだってーー」 「ヒデトと私たちの仲が拗れてしまったのは、私が原因なんだ」 「「「……ぇ?」」」 言葉を遮って、ポツリポツリと話し始めた。 「君たちももう知っているだろうか、あの子は頭がいい。〝それは才能じゃない、努力だ〟とヒデトは言うが、寧ろあぁなるまで努力を続けられるというのがひとつの才能なんだ」 あの子は、諦めない心と直向きに上を目指す揺るぎない志を持っている。 並大抵だと、ある程度のラインで「ここまででいいか」と妥協するのに、ヒデトはそのラインが無くテストでも体育の実技でも確実に満点を取っていた。 「それに、私が惚れ込んでしまったんだ」 もっと、もっとその才能を伸ばすことが出来るはずだ。 このラインで満点が取れるなら、次はもっとハードルを上げてみよう。 結婚など初めてで当然子どもなど持ったことがない私は、いきなりできた当時小学生3年生…9歳の息子に、どう接していいか分からなかった。 「この子の才能を伸ばしてあげることが、親としてのやるべき事だ」と勝手に思い込んでしまっていたのだ。 「それからは、その才能のために全てのことをしたよ」 ーーこんなものじゃない、もっと出来るはずだ。 勉強は勿論ピアノやバイオリン等、思いつくものは全て習わせた。 「厳しくすることが良いのだ」と、勝手に思い込んでいた。 「まったく……最低な親だな」 頑張りすぎる事にはいつが限界が来るから、適度に気遣ってあげないといけなかったのに。 それをすること無く…あの事件が起こった。 「私たちの元を離れても、ヒデトは生活態度こそ悪いものの勉強においては変わらず満点だった。授業にも出ておらず、内容だってどんどん難しくなっている筈なのにね。 〝あぁ、私たちの為にあの子はまだ努力を重ねているのか〟と思った瞬間、私はこれまで何をして来たんだろうかと気付かされたよ」 最後に、あの子と遊んだのはいつだった? あの子の笑顔を見たのはいつだ? 私は…勉強以外の事で、あの子の名前を呼んだことがあるだろうか……? ここ最近の私の言動や行いは、親としてのそれではなかった。 あの子はとても頑張っていたのに…… ーー家族を壊したのは私だと、悟った。 「そう、だったんですね…」 「あぁ。まったく、私は最低な親さ。 だが、あの子に素晴らしい才能があることは事実なんだ。経営者として、あの子の他に後継はいないと確信していた」 だから、どんなに幹部たちに責められようと「私の後継はあの子だけだ」と言い続けた。 「君たちがいなければ、私たちの溝は今も埋まってなかっただろう。本当に感謝してもしきれない。それなのに、このように君たちとヒデトを離してしまうことになり申し訳なく思っている。 だが、次こそはちゃんと、親としてヒデトを大切に育てたいんだ」 あの子の成長を間近で見て、今度は一緒に喜び合いたい。 そして海外という大きなフィールドに出て、あの子の才能をもっと伸ばしてあげたい。視野を広げてあげたい。 「あの子を支え、そして伸び伸びと過ごしながら沢山の考え方や文化の違いに触れさせる。 そして多くの事を学びもっと成長したら、社の幹部たちに自慢するさ。 〝これが、これまで君たちが散々言い捨ててきた私の息子だ〟とな」 「ーーっ、」 ニヤリと笑うPadrick・T氏は、最高にかっこよくて。 「次は、ちゃんと佐古を大切にしてあげてくださいっ」 緊張していたのに、するりと言葉が出た。 本当に、良いやつなんだ。 人付き合いは苦手そうだけど、実はすごく面倒見が良くて。 約束は必ず守って、言わなくてもちょっとの変化に気づいて助けてくれる。 頭だって勿論よくて、きっと見えない所で努力してるんだろうなって思ってた。 (本当に本当に…良いやつ……なんだっ) 根は真面目で、少しだけ不器用で、でも努力家で、優しくて。 この半年間、俺は佐古無しじゃ生活できなかったと思う。 初めてのクラス掲示板の時も、レイヤに服を破かれた時も、文化祭期間ストーカーに付け回されて倒れてしまった時も… 佐古は言葉じゃなく態度で、真っ先に助けてくれた。 たくさんたくさん支えてもらって…助けてもらって。 「だから……っ」 これまで一緒に過ごしてきた思い出が一気に頭を駆け巡って、ぽろっと涙が零れ落ちた。 本当に、大切な友だち。 離れるのが、もう共に同じ時を過ごせないのが…ただただ寂しい。 「…っ、ふ」 我慢してた分、涙がどんどん溢れてきてしまって。 目の前でハンカチを取り出してくれたその手よりも先に、レイヤが優しく拭ってくれた。 「……クスッ。あぁ、あの子がいい子なのは知っているさ。これからは、もう二度と離すことはないよ。だから安心してほしい。 皆んなも、ヒデトの事を大切にしてくれてありがとう。 本当に、君たちが居てくれたからこそ今がある。何度礼を言っても返すことができないが、せめて君たちの成人式と入社式は任せてくれないだろうか?」 「「「え?」」」 「とびっきりのスーツを用意しよう。我が社に恥じない最高級の物を」 T.Richardsonの一等級のオーダーメイドスーツ。 予約が何年先までも詰まっていてなかなか頼むことが出来ないのに、まさかそれを頂けるなんて…… 「櫻先生、貴方には特にお世話になったとヒデトから聞きました。大切に見守っていただき、感謝の言葉しかございません。先生方には、早い段階で贈らせてください。よろしければ入学式や卒業式等の式典で使っていただけると幸いです」 「そ、そんなっ、私たちは本当にいいですので、生徒たちだけで…」 「いいえ、それでは我々の気が収まりません。せめて贈らせてください。 それと、将来ヒデトが会社を継いだその時は、是非彼が作ったスーツを着てあげてください」 ハッと目を見開いた櫻さんと梅谷先生に、Padrick・T氏が笑っている。 「あの子が言ったんです。 あなた方には真っ先に礼がしたいと」 「おい、余計な事言うんじゃねぇよ」 はぁぁぁ…とため息を吐きながら佐古が戻ってきた。 「あぁ、荷物は問題ないか?」 「ない。そろそろ時間だろ?」 「そうだな。先に行っておくよ」 「では」と一礼して「パパー!」と呼ぶ子どもたちの元へ歩いていく。 「じゃあ、俺もそろそろ行くから。櫻さん、梅谷。 ーーお世話になりました」 「っ、佐古…くん……」 「最後までつくづく呼び捨てかよ佐古。 まぁ、元気でな」 ポロポロ泣いてる櫻さんの肩を抱きながら、梅谷先生が苦笑する。 「お前らも、元気でな」 「佐古くん…っ、佐古くんも元気でね」 「佐古……」 「おい会長。てめぇアキの事もう離すんじゃねぇぞ。次離したら承知しねぇからな」 「当たり前だ。もう絶対離さねぇよ」 「アキ」 「はぃっ」 「これ、持ってくからな」 「っ、それ…!」 『ふふっ、そんなに食器見つめて…気に入ってくれたの?』 『は……?』 『佐古くん髪が赤いから赤色好きなのかなぁって思ってて、赤い食器探してたらそれ見つけたんだよね。あ、ほら!僕のは色違いなんだよ!佐古くんのはチューリップだけど僕のは桜!ハルだしねっ』 佐古がカバンから取り出したのは、あの日俺が面白がって買った赤いチューリップが付いてる食器。 「これは俺のなんだろ? お前のはもう部屋の食器棚に入れてっから」 「ぇ、」 (俺の……?) ビックリして佐古を見るけど、ただニヤリと笑っているのみで。 「じゃあなお前ら。 元気でやりやがれ」 後ろ手で手を振りながら、ゆっくりと佐古がゲートへ向けて歩いていったーー

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