386 / 533

2

『キャー!!!!』 その女子たちの声は、突然だった。 体育の女子更衣室前。 どうしたどうしたと外に集まり出す男子を横目に、飛び出してきた女子たちは一斉に先生に泣きついた。 『せんせい!!』 『せんせい!イロハちゃんおとこのこだよっ!!』 『……は?』 何を言ってるのか全くわからないという先生の手を、必死に引く女子たち。 『ぁ、おいカズマ!』 制する友人の手を退けて先生と一緒に後をついていった、その先にはーー 『っ、ぇ………』 『丸…雛、さん……?』 『カ、ズマく…せんせ………っ、』 服は着ておらず真っ裸。 髪はぐちゃぐちゃで、目は真っ赤に泣き腫らし…震えながら小さく俺たちを呼ぶ、イロハの姿があった。 『ぅえ、ひっ……、うぅぅ…っ、』 保健室。 俺の服を離してくれなかったイロハちゃんと一緒に、ベッドへ座る。 (どういう…こと、だ……?) 更衣室で見たイロハちゃんの身体は、男だった。 俺と同じ体、チンコだって付いてる。 それなのに…イロハちゃんは、女……? どうなってる。イロハちゃんは男なんじゃ…? いや、でもイロハちゃんのお母さんは『イロハは女の子』って言ってた。 もしかして、嘘をついてた…? でも、あれは嘘ついてる人の顔じゃなかった。 それじゃあ、どうしてイロハちゃんはーー 『っ、カ…ズマ、くん』 『イロハちゃ……』 カタカタ震える小さな両手が、俺の膝に乗る。 『ねぇ、わたし…へん……?』 目に大粒の涙を溜めて、必死に俺を見上げて。 『コレがついてたら、女の子じゃないの……? 女の子って、なぁに…?』 『っ、』 『わたしは……わたし? ぼく? あれ…あ、れ………』 『ーーっ!』 だんだん体の震えが大きくなって目が虚になっていくイロハちゃんを、きつく抱きしめた。 『イロハちゃん……〝イロハ〟、よく聞いて』 『っ、カ…ズマ……く』 『イロハは、イロハだよ。 みんなが何言ってても、イロハはおれが知ってるイロハのままだから』 『っ!』 それは、咄嗟に出た言葉。 でも…こう言わなければこの子が壊れてしまいそうな気がした。 『ふ、うぇぇぇ……っ、ぅわあぁぁぁっ!!』 腕の中で大声で泣きじゃくるイロハをただ必死に抱きしめ、背中を撫でてやったーー 「それから、イロハは学校に行かなくなった」 「ぇ………」 「不登校だったんだ、実は。小学生の間だけ」 自分の両親にも相談したけど、2人ともびっくりしたきり「きっとお隣さんにも何か訳があるんだ、話してくださるまで待とう」と、深入りすることを止められた。 イロハのお母さんは多忙な人で、年に2〜3回ほどしか家に帰らない。 だから、イロハの周りにはお手伝いさんしかいなかった。 俺は学校のプリントを毎日届けに行って、一緒に宿題して勉強を教えて何とか関わりを持った。 幼い頃からずっと一緒にいたイロハを1人にすることが、どうしてもできなくて…俺も一緒に悩みたいって思って…… 「トランスジェンダーだっけ、体と心の性別がバラバラで生まれてきた人のこと。初めはイロハもそれかなって思ったんだ。でも、どうも違った。だってイロハ自身が自分がどちらの性別かはっきり分かってなかったから。 さっき月森の話であったように、こうなってしまったのはイロハの母さんが原因だった……が、当時の俺は当然そんな事知らなくて…だから」 〝この家から、イロハを出さなきゃ〟 きっとこの家がイロハをおかしくしたんだと、誰もイロハを助けないなら俺が早くここから連れ出してあげなきゃと そればっかり考えていた。 ーーそして、そのまま小学6年生になった頃。 俺は、ひとつの決断をしたんだ。

ともだちにシェアしよう!