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ーー、……くら、さくら、っ、櫻!
(ん…なに……?)
今凄く疲れてるんだから、もうちょっと後からでも……
「おい櫻……っ、ケイスケ!目ぇ覚ませ!!」
「ん………」
身体が痛まない程度に揺さぶられ目を開けると、目の前いっぱいに焦ってるような顔。
「うめ…たに……?」
「気がついたか!? 良かった……
声は、聞こえてんのか? 目は…ちゃんと見えてるか??」
「だい、じょうぶですよ…なに言ってるんですか?ったく…貴方の声が夢の中まで聞こえてきました」
「はぁぁ……お前、まじ呑気なのな。
………なぁ、今日なんかあっただろ」
「っ、なにもないですよ?」
別に、なにもない。
呼び出されたのは授業中という早い時間だったけど、いつも通り殴られて蹴られただけ。
「嘘だな、なに隠してんだ。
その腕は? 見せてみろ」
「え…って、ちょ、何するんですか、いっ!」
「……ほぉ。この痣どうした。
答えろや、あぁ?」
(ただ、)
ただ、
「なんで、服で隠れねぇ場所までつけられてんだよ…っ!」
今日のは……一段と酷かった。それだけ。
「…もしかして、顔にも……痣できてます?」
「いや、痣まではいってねぇが…これからなるかもしれねぇ傷が……」
「鏡、見せてくれません?」
あの男の家を出る時さっと身なりを整えただけで、鏡なんて見なかった。
片手で抱きかかえるように起こしてくれ、近くの机から直ぐに鏡を取ってくれる。
そうして、そこに映された 私の顔はーー
「ぁ………はは……は」
(これは、私?)
腫れた頬。
乾いた涙の後。
片方の目蓋は赤くなっていて、もしかしたら明日には青黒くなっているかもしれない。
呆然と……手を伸ばして鏡に触る。
(可笑しいな、ちゃんと腕でガードしていたはずなのに)
…あぁそうだ。
そう言えば、少しだけ記憶が飛んだ瞬間があったかもしれない。
痛みに慣れすぎて気付かなかった。
人の目に見える場所へこんなにも酷く傷つけられたのは、今回が初めてで。
「ははは…は、は……」
「櫻……」
本当 可笑しくて可笑しくて。
なんでか、笑いと一緒に 涙 がーー
「ーーーーっ、ケイスケ」
「っ、」
鏡をベッドに放り投げ、ふわりと抱きしめてくれる大きな体。
「ゃめて、く、ださ……っ」
ーーもっと、幻滅させてしまった。
丁寧に薬を塗ってくれ折角治り始めていた傷の上に、また沢山の傷を作って。
「綺麗な顔だな」と褒めてくれたこの顔さえも、こんなになってしまって。
(もっと…失望、させてしまっ)
嫌だ
嫌だ嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ
(あぁ……っ)
一体自分は、いつからこんなに
ーー彼に嫌われるのが 怖くなってしまったんだろう?
「ほん、とに……も、離してくださ」
怖い。
これ以上、嫌われるのが怖い。
支えてくれるこの腕が、無くなってしまうのが怖い。
「櫻」と呼んでくれるこの声が、聞けなくなるのがーー
「ハッ、誰が離すか」
更にきつく抱きしめられ、肩口に梅谷の顔が埋められた。
「もう何回も言ってんだろ?
俺は、どんなお前でも好きだ。どんな顔してようと、どんな身体してようと……心が変わんねぇなら一緒じゃねぇか。
俺はそんくらいの度胸で、
櫻 ケイスケという人間を ーー愛してるんだ」
「っ! 〜〜〜〜っ、ふ」
なんで、
(なんで…この人は、こうも真っ直ぐなんだろう?)
「ぅ、えぇ……っ、ひっ」
震える腕で縋るように抱きつくと、クシャリと髪をかき混ぜてくれる。
情けない。
自分の体なのに、それすらちゃんと守れない自分が。
笑っててほしい人に、こんな顔させてしまってる自分が。
本当に、
「あぁ、情けねぇなぁ」
「っ、なに、が?」
「好きなやつ1人守れねぇ、自分がだ……っ」
「ーーっ、そんな、の」
(もう、十分すぎるくらいなのに)
そのまま、互いに暫くの間抱きしめあっていた。
「っ、く……」
「櫻? なんで声ださねぇんだ?」
「だって、ここ生徒会室ですよ? 防音でもないですし」
「別にいいじゃねぇか。内鍵かけてるぞ?」
「駄・目・で・す」
ただでさえ今忙しい時期。
誰かが仕事をしにきてもおかしくない状況。
そんな中、仮眠室で変な声が聞こえてみろ。
会長と副会長が何か卑猥なことをしていると、すぐに噂されてしまいそう。
「はぁぁ……でもなぁ」
「っ?」
クイッと顎を掴まれ、ため息を吐かれる。
「お前、やっと口噛む癖直ってきたのに」
「ぇ………」
ツツツーっと唇に沿って指が動かされ、ゾワリと背中が震えた。
「ぁ…う、梅谷っ、やめて、くだ」
「もう会長特権でここだけ防音にすっか」
「は……?」
「仮眠室だし、『仕事いっぱいある時集中して休めるようにしてほしい』って。
まぁ俺真面目に会長してっし、こういう要望ここまで1回もだしてねぇからな、多分通るだろ。
お前もこの頻度じゃこれからもここ使いそうだし……うん、次の会議で出しとくか」
「こ、公私混同です!」
「あぁ? 別にしてねぇだろ。正当な理由だ」
「な…な……!」
そんな横暴な我儘、通るわけが……!!
「ははは!んな顔すんなって。まぁ冗談じゃねぇけどな。
ーーなぁ、櫻。 もうちょっと待っててくれ」
「へ……? ぅわっ」
軽めに腕を掴まれ、またポスンと腕の中に収まる。
「てめぇの最近の傷見てたらわかる。
婚約者、機嫌悪りぃんだろ?」
「え……?」
「それ、俺が関係してんだ。後お前の両親も」
「ーーっ! な」
なんだそれ。
(そんなの、一言も聞いてな……)
「今までずっと暗い場所にいて、助けもなく全てを諦めてたお前にこんなこと言って変に希望を持たせちまうのは、残酷だと思ったんだ……
けど、もう黙ってられねぇわ。
今がどん底並みに辛ぇのは分かってる…一緒に受け止めるから。だから、もうちょっとだけ待っててくれ。
ーー俺たちが、絶対ぇお前を助ける」
「ーーーーっ、」
希望なんて、無かった。
このままあの男と結婚して、ひっそり死ぬのだと思っていた。
本当に、先の見えないトンネルの中みたいな日々で……
でも、
「信じろとは、言わない。返事もしなくていいから」
「…………っ、」
これまでの7年間に、唯一光が差したような 気がして。
なにも言わない代わりに、背中へ強く 腕を回した。
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