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「そいつの上からどきやがれ。刃物も、手から捨てろ。
今、すぐにだ」
力強く、怒りが込められたように響く 声。
あぁ……この ーー声 は
呆然と扉の方へ顔を向けると、苛立ってるように眉を寄せてる梅谷の姿。
(シュン、ト……?)
目が合うと、私を安心させるかのように微笑んでくれた。
「っ、」
(ぅ、そ………)
なんで
なんでここにいるの?
学校は?まだ授業中のはず。
大体ここはこの男の家だ。
それなのに、一体どうしてーー
「ん? 君は誰なんだ?
ケイスケと同じ学校の制服だね、友だちかい? ケイスケが呼んだの? あいにくここは私の屋敷なんだg」
「そいつは関係ねぇよ。俺が自分で来ただけだ」
「? ならどうして入れた。家の者が通したのか?」
「あぁそうだ。ーーお前の父親と母親がな」
「っ!?」
ブルリと震えて、男が立ち上がる。
その隙に急いで体を起こし深呼吸した。
(大丈夫、大丈夫生きてる)
刺されていない…死んでいない……大丈夫、落ち着け。
バクバクうるさい心臓を、必死に押さえつける。
「前々から疑問だったんだ。
何故、櫻の家は新規事業に失敗したのか」
カツン、と梅谷が薄暗いこの部屋に足を部入れた。
「そいつの両親は一心に打開策ばかりを練っていたが、俺はどうしてもその過去が気になってな。俺の家の情報網も使って徹底的に調べ上げた」
一歩 一歩
目を見開き微動だにしない男へ、ゆったりと近づいていく。
「櫻は計算高く頭もいい。新規事業も成功率の方が格段に高かった。それなのに何故あんなにも悲惨な結果となり、多額の借金が生まれたのか。
ーーお前だろ? おい」
「っ、」
「てめぇが自分のツテを使って、大いに邪魔をした。
ーーーーケイスケを、手に入れるために」
「ぇ………?」
(どういう……こと?)
見上げた男の顔は、青白く震え上がっていた。
「恐らくお前は、何処かしらで幼いケイスケを見かけたんだろ。それで一目惚れかなんかした。こいつが欲しくて欲しくて堪らなくなって、だから櫻について調べ何とか手に入れる方法を探したんだ。
そして、新規の事業を起こす事を知った」
〝あの子が…櫻 ケイスケが、欲しい〟
その一心で、これまで築き上げてきたツテを使い多額の借金が発生するよう邪魔を仕掛けた。
当然櫻と取引していた企業や銀行にも根回しし、追い込んで追い込んで弱り切った所へケイスケとの婚約を持ちかける。
「すべて、お前が仕組んだことだったんだろ」
「そ、んな………」
(これまでの事は…全部、この男のせい……?)
「ケイスケの両親にもこの事を話し、徹底的に証拠を集めた。当然警察にも連絡を入れた。
お前、最近段々重職としての立場が危うくなってきただろ? これまでのツテとも。それさ、俺たちが根回ししてんだ。『一緒に捕まりたくなければこの男と縁を切れ』ってな。
お前の両親は全部知っていた。知ってて見て見ぬ振りをしたんだ。さっき全ての証拠と警察の事を話したら、すぐに屋敷の中に入れてくれたぜ。ハッ、所詮は他人の身より己の身ってやつか? 親も親だな」
「警察…だと……!? 馬鹿な、会社同士のいざこざにこんなに早く警察が加入できるわけが」
「できんだよそれが。
ーー俺は〝梅谷〟だからな」
「ーーーーっ、な………!」
〝梅谷〟の一族には、警察官が多い。
中でも梅谷 シュントの父親は、有名な警察官の重職。
警察の中でも特殊な事件を担当する部隊には、5つの丸い花弁が入った梅のエンブレムを付けている。それはよくニュースにも取り上げられており、子どもから大人まで誰もが知っている英雄の証だ。
「揉み消しはもう無理だ。
まぁもしこれで証拠不十分だったとしても、これまであんたがケイスケにやってきたこと。それだけで、十分だ」
「っ…ぁ、はは………ははは、はは……」
カランッ、と男の手からナイフが滑り落ちた。
7年。
小学6年から現在にかけての、一方的な虐待に近い暴力。
それは、自分の体の傷を見せればすぐに分かること。
「俺がここに着く前に親父に連絡した。間も無く警察がやって来る。てめぇは、もう終わりだ。
ーーケイスケ」
男は、もう壊れたように虚ろな笑みを浮かべるのみ。
カツンと、梅谷が一定の距離を保って止まった。
「遅くなってごめんな。さっき、やっと最後の証拠が貰えたってお前の両親から連絡が来たんだ。それで急いで駆けつけて……
全部、全部終わったんだ。だから、もう大丈夫。
こっちに来い」
「っ、ぁ…………」
信じたくても信じれなくて、でもやっぱり信じたいと思ってて。
父さんや母さんは…シュントは、本当に動いてくれてた。
私を助ける為、水面下でずっと……慎重に。
「〜〜っ!」
嬉しさと安堵で、ぶわりと涙が浮かんできて。
しゃがみこんでた床からふらりと立ち上がり、伸ばされたその手に自分の手を重ねようと一歩踏み出してーー
ポツリ
「ーーーーケイスケ」
「ぇ、ぁう……っ!?」
ガクンッ!と後ろへ引っ張られる感覚。
「ケイスケ…お前は、お前は私のものだ!ずっと、ずっとずっと永遠に、私の……」
「っ、てめ」
「動くな!!!!」
私の長い髪をグイッ!と引きつけながら、歪みきった表情で男が梅谷を見ている。
「お前が動いたら…今すぐケイスケの首を折る。この子は細いからね、直ぐに折れてくれるよ……?」
「お、まえっ!!」
「警察にも言うんだ。これ以上手荒な真似をしてみろ、さもなくばこの子を殺すとな。
はは、あはははっ!」
「ーーっ!」
ギッ!と、梅谷がキツく睨みながら動きを止めた。
(まずい)
折角、梅谷や両親が整えてくれたチャンス。
ずっと耐えてきた先にあった光。
それなのに……こんな事で途切れてしまう。
嫌だ…嫌、私は
私は、梅谷の………シュントの、ところにーー!
「っ!!」
片手で私の髪を掴んだまま、もう片方の手で拾おうと伸ばされたナイフ。
それを男に拾われるより先に、バッと拾う。
そして、
「っ、ケイスケ!!」
「ーーっ、な…に……!?」
ザンッ!と、掴まれてる自分の髪へ一気に振り下ろした。
「シュント!!」
そのまま、一気に走って梅谷めがけて走る。
その大きな腕が自分の体を受け止めてくれた、瞬間
バタバタバタ!!と流れ込むように警察官たちが部屋へ入ってきたーー
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