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「………なぁ、櫻」 あれから 男は直ぐに取り押さえられ、来てくれた梅谷のお父さんに梅谷共々頭をポンポンと撫でられて『話はまた後日』と言われ。 指示された車に乗り、屋敷を後にした。 「おい、聞いてんのか? 櫻??」 学園に着いてからは、寮へ向かう梅谷の腕をグイグイ引っ張り辿り着いた生徒会室の仮眠室へ直行して。 ガチャリと内鍵を掛け、梅谷をベッドに押し倒しその上に乗って 今の、状態。 「お前また傷ができてんだろうが。 ここより寮の方が手当できんのいっぱいあるし、さっさと寮にーー」 「……髪」 「? なんだ??」 「髪、切っちゃいました」 不揃いのボサボサになってしまった短い髪を、一房触る。 「唇もまた噛んじゃって、体は……もう、想像通り」 〝俺さ、最初お前の長い髪に惚れたんだ〟 長い髪は、もう無くなってしまった。 貴方が好きだと言ってくれたのに、自ら切ってしまった。 しかもボサボサで……こんなの不細工すぎて笑えてくる。 身体中痣だらけで醜くて、唇も切れてて良いとこなんかひとつもない。 …………それでも、 「貴方は…まだ、私のこと……好きでいてくれますか?」 「ハッ、何言ってんだ。んなの当たり前だろ」 「こんなに髪が短いのに?」 「短いお前もいいんじゃね? 似合ってんぞ。 それに、長くしてぇならまた伸ばしゃ良いじゃねぇか」 「身体中痣だらけなのに?」 「それは治る。諦めなければ絶対に」 「唇にも…傷付けたのに?」 「問題ねぇな。お前はお前だ」 (ーーっ、あぁ……) 「好き、です」 「っ、」 即答される、真っ直ぐな貴方の回答。 逃げ道を優しく塞ぐ、力強いその答え。 「貴方のことが、好きです。シュント」 死ぬかもしれないと思った時、真っ先に思い浮かんだその顔。 いつの間にか両親よりも大事な存在になってて、自覚した瞬間涙が出そうになった。 (本当、気づくのが遅すぎる) 本来なら、きっとこの人は直ぐに私の身体を父親に見せ男の逮捕に踏み切れたはずだ。 それをせずに男を逮捕出来るほどの十分な証拠集めをしたのは、一重に櫻を尊重してのこと。 ーー私を使い男から離すのは、これまで私や両親が耐えてきた7年間を侮辱する事だと思ったから。 私に「自らこの身体を警察に見せれば、耐える必要も無く直ぐに解決したのに」と、思わせないため。 そして警察に駆け込んでも無理だと諦めた両親の考えを、後悔させないようにするため。 そのために、わざわざ両親と共に粘り強く動いてくれた。 (ねぇ、本当は直ぐに私を男と引き離したかったんでしょう?) 貴方はずっと前から私のことが好きで。 それなのにこんなことをされてると知って、本当は直ぐにでも動きたかったんでしょう? それをしなかったのは、グッと堪えて駆けずり回ってくれたのは ーー心から私のことを想って…愛してくれている証拠で。 (シュント……) もう何度も何度も断り続けた、その愛情。 私を追いかけてくれて、そして支えてくれたその想いに応えるのは まだ、間に合いますか………? 「ーーーーっ、ハハッ、俺の粘り勝ちってやつか?」 (っ、あぁ) 腕を引かれ、ポスンッとシュントの上に倒れこむ。 「やっと、やっと捕まえた、ケイスケ」 「は、ぃ」 「もう絶対ぇ……離さねぇからなっ」 「〜〜っ、はぃっ」 ズッと鼻をする音が、梅谷から聞こえる。 それに胸がいっぱいいっぱいになってしまって。 「ね、抱いてください」 「……は?」 「私を、抱いてください。シュント」 幸い、あの男は暴力だけで抱くことはしなかった。 だから醜くとも、辛うじて身体は綺麗なまま。 「抱くっておま、新しくできた傷が」 「いいんです」 傷が痛かろうと、そんなのどうだっていい。 ーー今、この瞬間に 「貴方と……繋がりたい」 「っ………あぁくそ」 ぐるりと体勢を変えられ、ポスンとベッドに寝かされる。 「折角人が我慢してんのにてめぇは…… なるべく痛くないように、善処する。 だがーー」 「この部屋は、防音になったんでしょう?」 〝感情は、溜め込まずに声を出すこと〟 我慢しないと教えてくれたのは、貴方ですよね……? 「ーーっ、ククッ。 あぁ、そうだな」 ネクタイを緩めたシュントがニヤリと笑う。 その首に両手を回しながら、自ら彼の唇を塞いだ。 「ん…ん、ふ……ぁ」 こんな熱のこもった、体の芯が熱くなるようなキスは初めてで。 気持ちよくて気持ちよくて、思考が段々溶けてきて。 クチュクチュ舌で掻き回されてから離され、ぼうっとしている私に「可愛い」と囁いて。 そのまま 「ぁっ、シュン、ト……っ、ぁあ!」 快楽の波に、溺れた。 *** それから、日にちをあまり空けずして私の取り調べも終わり、男は逮捕された。 ニュース等には特別ならず、非公開での逮捕となった。 逮捕後両親は泣きながら私を抱きしめてくれて、私も「心配かけてごめん」と抱きしめ返した。 男の親からは謝罪と共に金が送られてきたが、両親とシュントが直ぐに突き返した。 私とシュントが付き合うことに対して、両親は喜んでくれシュントの両親も頷いてくれた。 学園にもその噂は駆け巡り、「私が髪を切ったのは婚約者と別れたから、きっとそう」と不思議なことまで言われるようになってしまった。 まぁ、あながち間違いでもないが…… 「ねぇ、シュント」 「ん?」 2人きりの生徒会室。 「私ね、教育学部に進もうかと思ってるんです」 それぞれの机で仕事をしてる最中、ポツリと話す。 「自分の事これまでずっと誰にも言えずに悩んで、仲のいい友人にも上辺だけで笑って……大人である先生にも寮監さんにも相談できずに、抱えてました」 もしかしたら、自分のように言えない傷や悩みを抱えている生徒が…まだいるのかもしれない。 もしくは、これからそんな生徒を見つけるかもしれない。 「そんな時、その子の悩みにそっと寄り添い支えてあげられるような……1人じゃないよと味方になれるような、そんな先生に、なりたいです」 もし、シュントに見つけてもらえてなかったら…… その時間線のことを考えると、怖くて怖くて体が震える。 そんな思いを、自分と同じような学生にして欲しくない。 安心して勉強して…これから先の自分の未来を、考えて欲しい。 「んじゃ、俺もそうすっかな」 「へ?」 ニヤリと笑いながら、立ち上がってこちらに歩いてくる。 「別に警察になれとは言われてねぇし、大体俺は次男だしな。 お前がそうすんのなら、俺もそうするか。教えんのは好きだぜ? 誰かの面倒見るのもな」 「っ、ふふふ、本当に面倒見がいいですもんねシュントは」 「だろ? お前の傷も少しずつだが確実に治ってる。毎日ちゃんと薬塗ってっからな。これからも塗るし、その役を誰かに譲るなんざ御免だ。 にしても、教員かー……ククッ、いいな。これから楽しくなりそうだ」 「クスッ、そうですね」 その後、進路が決まったことを生徒会メンバーに報告して。 先生と共に志望校を選定し、そこに向けての猛勉強が始まって。 見事2人で合格を勝ち取って、同じ大学の教職課程に進み。 「どうせなら自分たちを出会わせてくれた学園へ恩返しがしたい」と母校への就職を決め、 シュントは〝現代国語〟の教師として、教壇に立ち 私は〝寮監〟として、生徒が安心して日々を過ごせるようサポートする側にまわり そして、それから それからーー

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