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「わぁ……!」 想像以上に大きな建物。 いくつもの光が灯っていて、たくさんの人の声と音楽が外まで響いています。 (この中に入るのか…緊張する……っ) ゴクリと唾を飲み、馬車から降りました。 「ね、アキが行ってる間この辺り走っててもいい? すっごく楽しくって」 「全然いいよ。 ただ待たせてるのも申し訳ないし、好きなことしなよ」 「ありがとう! それじゃあ0時の30分前にはまた来るから。 アキもいっぱい楽しんでね!」 「うん、じゃあな」 パタンと扉を閉め、カボチャの馬車は待機場ではなく外に出ていきます。 それを見送り、深呼吸して歩き始めました。 大丈夫、落ち着いて。 きっと誰も俺だって気づかない。というか、そもそも俺のことを知ってる人なんていない。 だからなんてことはない。ただ目立たないようにしながら、ハルを観察するだけ。 それだけだから……! 今にも飛び出しそうな心臓を抑えつつ、兵士に魔法使いがくれた招待状を渡します。 そのまま怪しまれることなく通されて、ほっと一息。 ですが…… 「ひっっろ」 そう、広いのです。 向こうの壁までどれくらいあるんだというほど広い部屋。 何百人もの人でごった返し、床の模様が見えないほど自由に動いています。 外で聞いていた音が一気に耳に飛び込んできて、正に別世界のよう。 思わず、圧倒されてしまいます。 それでも腹にグッと力を込め、前を見据えて入っていきました。 (ハル…ハルは……) 煌びやかな置き物や美味しそうな食べ物には目もくれず、ただ一心に兄を探して歩き回る弟。 人混みの中をなんとか進んでいきます。 ーーと、 ドンッ! 「うわっ!」 「っ、」 周りを見すぎて、正面に人がいることに気づきませんでした。 よろけてしまいましたが倒れることはなく、すぐにぶつかった人物を見ます。 「ーーっ、」 それは、圧倒的な〝黒〟でした。 黒い髪に黒い服に、同じく倒れることなくこちらを見ている黒い瞳に。 すべてが漆黒で染められていて、こんな綺麗な人がいるのかと思うほどの…存在感で…… 「おい」 「はっ、あの、ぶつかってしまってすいませn」 「お前、なんで俺を避けなかった」 「…?」 「普通避けるだろ。わざとか?」 「………は?」 何を言われてるのかまったく分からない様子に、男は笑いながらゆっくり近づいていきます。 「俺が歩いてんだ、道を譲るのが当たり前だろ。 それを譲らないなんて、わざととしか思えねぇな。俺に気があるのか? 大胆な奴だ。 …あぁ、そういえばお前綺麗な顔してるな。格好も。 もしかしてさっき入ってきた奴か。一瞬会場が騒めいたから、どんなのが来たかと思ったんだが……へぇ。 お前、名は? どこの家だ」 クイッと顎を取られ、視線が合うよう上を向かされます。 いつの間にか周囲の人は消え、2人の成り行きを見守るよう遠巻きに立ち並びました。 シィ…ンと静まる一角。 離れた場所からの音楽が、そっと響いてきます。 「…あんたさ、馬鹿じゃねぇの」 「……あぁ?」 「確かに今のはぶつかった俺が悪かった。 でも『普通避けるだろう』って、いやいやないだろ普通に」 「な、」 「お前にはオーラというか、存在感はあると思う。 でもそれとこれとは別だ、道は互いに譲り合うもんだろ。1人のものじゃない。 今回はただでさえこの人混みだし、そりゃぶつかるのも無理なくないか? って、ぶつかった俺が言うのもなんだけど…… でもまぁ、そんな感じで完全にこっちの不注意だったから気があるとかじゃねぇよ。残念だったな」 「っ、てめぇ……!」 顎を掴まれる手へ力が入り、素早く叩き落としました。 なおも睨んでくる顔に、べーっと舌を出します。 「とにかく悪かった!ぶつかって。 もうお前には二度とぶつからないようにするから安心しろ。そもそももう会わないだろうし」 「は? お前なんのためにここ来てんだ。 というか、俺のこと知らねぇのか……?」 「? 別に知らないけど…… 人を探してるんだ。みんなは王子様目的で来てるんだろうけど、別の人。 追いかけてて、まだ見つけれてなくて」 「……クッ、はははっ!そうか知らないか。 成る程? それで不注意で前見てなかったってわけだな。 人探し、ねぇ…… なぁ、それはお前の大切な人か?」 「? あぁ、そうだけど……」 「へぇ。ならーー」 長い足で一瞬にして間を詰められ、グッと腰に手が回りました。 「ちょっ、いきなり何すr」 「俺の名はレイヤだ」 「レイ、ヤ? 待って、レイヤって…確かこの国の王子様の名じゃ……」 「そうだ、俺がその王子だ。 さぁ、麗しい姫。俺と一緒に ダンスを踊ってもらおうか」 「ーーっ!? な……!」 そうして、がっつり掴まれた手を振りほどくことができず 弟は、あっという間に広間の真ん中まで連れて行かれてしまいました。

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